2011・3・11日に起きた東日本大震災におけるHS神戸とサポートチームの活動報告です


by aoesupport

4月16日参加のこもゆうチーム女性の感想

ヒロミです。
先週末4月16日・17日の石巻に参加された方(女性)から感想をいただきました。

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まだまだ頭のなかの整理がつかない状態ですが、
印象に残っていることから少しずつ書いていきます。

●家内の泥出し・片付け(1日目)
午前中は庭の泥だしをしていましたが、ある程度元の土が見えてきたので、
私は午後から浸水した1階のお部屋の片付けをお手伝いすることになりました。
居間にあたるこの部屋は、壁側の本棚を除き、家具がなぎ倒され、
津波によって運ばれたヘドロが油分や水分を含んだまま堆積していました。
「どこから手をつけたらいいか分からない」
「全部投げる(捨てる)しかない」
と、ご主人が暗い表情で呟いていたのが辛かったです。

残すものと残せないものを仕分けるため、
こちらで判断のつかないものはご主人にお聞きしながら作業しますが、
どれも「投げて(捨てて)ください」という答えが返ってくるばかり。
ヘドロや潮水をかぶって使い物にならなくなったもので、
ゴミ袋はすぐいっぱいになりました。

そんな状況に変化があったのは、ノートパソコンが見つかって
HDを復旧できる可能性があるとわかったときだったと思います。
とても大切なデータが入っているのでしょう。
安堵の笑顔を見たときは、こちらも救われた気分になりました。
(PCエキスパートのMさん、本当にお手柄でした!)

部屋の中の整理も進むにつれ、ヘドロの難を逃れたものも出てきました。
アルバムの数々、CD類、亡くなった娘さんの卒業証書…。
(津波で娘さんを一人亡くされています)
整理の最中にも、ご主人からいろいろなお話を伺いました。
ご主人は釣りが大好きで、毎年全国大会に出場し優勝するほどのキス釣り名人。
釣りの道具も大量に出てきて、物珍しさも手伝っていろいろなことを教えていただきました。
釣り道具や入賞したときの賞状類の多くは残念ながらゴミ袋行きになってしまいましたが、
「自分の思い出は、これからいくらでも作ることができるから」と
力強くおっしゃていたのが、とても印象的でした。

そんな様子を見ていたので、1日目の終わりにご主人が
「みなさんと写真を撮りたい」とおっしゃってくださったときには、
本当に嬉しかったです。みなさんの尽力の賜物だと思います。
どんどん泥がかき出されていく庭、少し家具が運び出されて全景が見えてきた居間。
そうした目に見える変化は完全ではなくても、住んでいる方の励みになるのだと実感しました。


●家内の泥出し・片付け(2日目)
この日は、山のほうの別宅に避難していた奥さんたちがいらっしゃいました。
私は引き続き居間の片付けのお手伝い。

別の場所や同じ部屋で力仕事をしていた方には本当に申し訳ないのですが、
ご主人や奥さんのお話を聞きながら仕分けをする作業に集中することにしました。
第三者がいることで、思い出の品を残す気力も捨てる勇気も持てるのかもしれない、
と1日目の作業で感じたからです。
たとえ時間がかかってすべての作業が終わらなくても、
ひとつひとつお話しながら一緒に見ていこうと思っていました。

幸い一番奥に倒れていた家具は頑丈で、きれいにすれば使用できそうでした。
なかにあったものは水こそかぶっているものの、ほぼ原形のまま残っていました。
おそらく飾り棚に使っていたのでしょう、贈答のティーセットや
有田焼の湯のみセット、旅行した際のお土産などがたくさん入っていました。
「もう全部ダメかと思っていたけれど、こんなに使える物が残っているなんて!」
と、驚いていた奥さん。
北海道での新婚旅行で買った思い出の熊の木彫りも、
「定番過ぎて恥ずかしいんですけど…」とはにかみながら、
残しておくために用意した箱のなかに、大切にしまっていました。

廃棄してしまったものもたくさんあります。
TV好きの奥さんが保管していた、たくさんの録画ビデオテープ。
その多くには、奥さんと娘さんとの間でやりとりされたメモが貼ってありました。
何時からの番組を録画しておいて~というたわいもないメモ書きですが、
こんな地震や津波が来るなんて夢にも思わなかったであろう時代の
平穏なご家族の姿を想像して、やりきれない思いがしました。
そのころは亡くなった娘さんも元気に生活されていたのですから。

震災によってこのお宅の状況は一変してしました。
でも、ご家族の生活は震災のずっと前からあって、震災後のこれからも続いていきます。
仕分けの作業は、地震や津波でダメになったものを廃棄するのではなく、
震災によって分断された生活の流れをもう一度つなぐきっかけになるのではないか。
今はそんなことを、ぼんやり考えています。

結局、今回片付けられたのは居間の一部屋だけでした。
でも、廊下やお風呂場などは元の状態に近いところまで掃除できたと聞いています。
ずっと1部屋にこもっていたので、庭やお隣の家の作業状況は把握できていないのですが、
機会があれば、そのあたりのお話も聞いてみたいです。

●市街地を見て

1日目の作業の帰り道、壊滅的被害にあった海沿いの市街地を見ました。
ことばを失いました。
いまだに、あの状況とそのときの自分の気持ちを表現する術がみつかりません。
これまで生きていて、はじめて目にした光景でした。

日本製紙工場の甚大な被害も、大変なショックでした。
3.11からそれほど日を置かずして、日本製紙は再建を誓う声をあげていましたが、
どのような心境でそれを発表したのか、想像を絶します。
仕事柄、紙とは切っても切りはなせない状況なので、いろいろと覚悟も決めました。

1ヶ月前の状況と何も変わっていないのではないか?
ここからどうやって建て直して行くというのだろう?
そんな悲観的な考えも頭をよぎります。

でも、3回訪れたこもゆうさんがポストされている内容。
“街が少しずつ変わっています。
最初に見た街、先週2回目に見た街、そして今回。
1週間でこんなに変わるのか、と思うくらい変わっていっています。”

1度しか見ていない私には信じがたいことですが、
そのことばに希望をもって、向き合うことができればと思っています。

長文失礼しました。

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ボランティアは被災者さんにとってはあくまで他人で、
名も無き存在なのですが、こうして作業をする中で
たまに上に書かれたような状況が起こります。

そんな時は、自分に無理の無い範囲で、その人の人生に
関わってみて下さい。震災が無ければ出会うことも
無かったであろう人に、また会いに行くこともできます。
その時は、名も無きボランティアではなくて、
人と人との付き合いが始まります。(やっさん)
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by aoesupport | 2011-04-21 22:00 | 活動報告など