2011・3・11日に起きた東日本大震災におけるHS神戸とサポートチームの活動報告です


by aoesupport

竹内もみさんの報告と感想(6月25・26日)

みなさんへ、竹内 もみです。
今日、やっと大原報告が書けました。

24日深夜のんちゃんと所沢を出発。25日 8時ごろに大原へ到着しました。

のんちゃんと石森区長さんとの打ち合わせにて
いつもしていることを生かして活動せよとのこと
集落の高齢者をお花を持って、回らせてもらえました。
突撃では、嫌がられること覚悟でしたが
集落の看護師さんが、一緒について回ってくれました。
(これはきっと区長さんの配慮だと思われます)
また、物資の仕分け、センターのお掃除などさせてもらいました。
のんちゃんがコーディネートした、落語会の会場で少々手伝いを。

お話しを聞いていく中で、気づいていったことを何点か報告します。
ある”おばあちゃん”の言葉はこうでした
「サンゴのネックレスと、指輪5個が流されちゃってないんだよー
 家の跡を探したけど、何にもなくて・・」
それは、旦那さんに買ってもらった物であり、二度と買ってもらえない
大切なものであって 、指輪に伴う思い出、愛情に裏打ちされた人への
思いを失くしたということなのでしょう。
こういうことが、とても残酷な事実であり、人が傷つくことであるのだと、
思い知りました。そして、身を置いている親戚の家への気づかいも感じました。 

地震当日の小学校への避難状況を、浜の近くをウォーキングされていた方に
伺いました。以前は、健康のため夜間に歩いていたけれど、街灯がなくて
歩けないので夕方にしているとのことです。高齢者が出歩ける、
運動になるような環境にはまだ整備が必要です。
当日、避難所指定の大原センターは波が来てしまい、ひとつ上の小学校校庭に
集まった後、雪が降り出し、特に高齢者の人たちが耐えがたい状況であったと。
体育館や校舎の解錠・避難には時間を要したこと。
それから、47日間小学校で生活したこと。
50人いた小学生は、転居等で現在は27人になっているそうです。

現在、支給される物資、特におにぎりやパンは、だぶついているかなと
思われ、「ボランティアさんたち どうぞ」 の状態。
これが一時のことなのか、わかりませんが。
そしていつの日か「明日から配りません」となるのなら、
なんだかバランス悪い と思います。県と市で手配しているようです。

高齢者世帯では、鹿の食害防止のためのネット張りが、大変ですとのこと。
また、例年、梅雨時には山のほうから水が出て、「水没」が起こることがあり
津波で流されてきたものが、水路?にまだ詰まっていて山からの水が
さらに、あふれやすくなりそうで、心配とも聞きました。
集落の西側を歩いていたときに聞いていますので、細い川のことかと思います。
これは、区長さんとご相談で、ボラ出動できるでしょうか。
次回聞いてみてもらえますか? お願いいたします。

高齢者の方々は家族に守られ、介護認定を受けるべき人は受けておられ
医療にもつながっていました。この集落は、住民の中に「福祉機能」が
働いており大丈夫なのだなと思いました。
もし、次になにかできるとすれば、仮設住宅ができ、日中高齢者のお相手や、
ちょっと体操など体を動かしていくことかなと思いました。
平日に繰り返し、出向くのは難しいので、どうしたらいいかな・・と考えています。
・・しかし、これはいずれ地元の機関がやるべきことかもしれません。

最後に、素敵な話を。
夜の海を見に行きましたら、砕けた波が青く光を放ち
幻想的な光景に、ボラ一同、感激。
地元青年も「初めて見た」と、プランクトンが刺激で光るようですよ。
「これは、宣伝したら、明日からボランティアが押しかけてくるぞー」と
「拝観料とろう」など、 被災地に笑いが響きました。
・・・などと言っているうちに、真っ暗な防波堤に人が何人も張り付いて
いるものですから、パトカーがやってきて・・・!
この先は、こもゆうさんに聞いてください(笑)

いろいろな、思いはとても書ききれないので。
ひとまず、ここまでのご報告で。
この機会を与えてくださった皆様、大原の方々に感謝いたします。
被災地の幸せを祈りつつ。    竹内 もみ
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by aoesupport | 2011-06-30 23:40 | 活動報告など