2011・3・11日に起きた東日本大震災におけるHS神戸とサポートチームの活動報告です


by aoesupport

こもゆうより7月末牡鹿半島谷川での活動報告

こもゆうです。

7月最後の週末は初参加者二人を含む6人で行ってきました。
作業は、今回も谷川(やがわ)。最近は谷川に入ることが多くなっています。
和歌山から来たチーム、名古屋から来たチーム。
吉村さんの縁で川崎から一人できた近藤さん(奥様がひろみの先輩でした)。
などと一緒になりました。

自分は今回初めて遺体捜索に繋がる作業に関わらせて頂きました。
谷川は集落がほぼ全滅、解散することが決まっている地域です。
30名近くが亡くなられており、依然お二人が行方不明であるとのこと。
もちろん流され、どこか別の地域に運ばれている可能性もあります。
(仙台の方のご遺体が、大原の近くで見つかったという話も聞きました)
谷川地域でご遺体が埋まっている可能性がある場所ということで、
洞福院の側溝の泥を出す作業でした。
私たちが行く数日前から側溝の泥出しは行われていたのですが、見つからず。
自分たちは最後に残された、トンネル状態になっているところを行いました。
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側溝の上にお寺に入るための道路があります。
その15メートルくらいの長さがあるトンネルに潜って、中に溜まった砂・泥をかきだします。
高さは入口で80センチほど。奥に進むほど低くなり、50センチ前後の場所もあります。
最初は外から手を伸ばして泥をかき出すのですが、進んで行くと届かなくなります。
まず一人が中に入り入口付近に送り出した砂を外の人間がスコップで運び出します。
さらに進むともう一人中に入り、最終的には三人が中に入り、泥のリレーを行いました。
はじめのうちは中腰になっていたのですが、低くなるにつれ膝立ちに。
最後は高さが50センチほどしかないので寝転がっての作業となりました。
もちろん水は流れてきますので、全身びしょ濡れです。
また、泥・砂が堆積しているので中は殆ど真っ暗です。
作業開始段階では遥か遠くに明かり(トンネルの出口)が見えていましたが、
それが少しずつ近づいているのが分かります。
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今までもご遺体を目にする可能性はなかったわけではありません。
実際、自分たちが活動した前後に同じ場所でご遺体があがった、という
話を聞いたこともあります。ただ、今回は最初から目的が「ご遺体の捜索」です。
最近は報道も少なくなりましたが、まだ行方不明の方の数は数千の単位です。
ご家族(ご遺族)の方にとっては早く見つけて欲しい、というのが切実な
願いなんだろうと思います。

砂をかきだしているときの正直な気持ちは、
「出てきて欲しいけど、出てきて欲しくない」という本当に複雑なものでした。
あとで話したら一緒に作業したなりゆきさんも同じ思いだったようです。
16時半の時点であと3メートルくらいのところまで進んだのですが、
ご住職さんや棟梁が「そろそろ終わりにしよう」ということで作業は終了。
結局この日も側溝からご遺体が出てくることはありませんでした。
一緒に作業したグループが翌日の午前中にも谷川に入り、
最終的に開通させたそうです。行方不明の方は見つかりませんでした。

こもゆうチームが谷川に入るのは4回目。もうご住職さんにも覚えて頂いています。
今回、作業を始めてすぐに棟梁に呼ばれました。
「こもゆうさん、ちょっといい?」
プレハブの本堂までついていくとご住職さんが中から出てきて、
「いつもありがとうございます。仙台の牛タンを持ってきましたので、
あとで召し上がって下さい」と発泡スチロールを渡されました。
中にはたくさんの牛タンが保冷パックとともに入っていました。

作業終了後にも大原の尾形棟梁と住職さんと三人でお話しました。
棟梁「こもゆうさんたちはもう谷川専属だね。
  機械が入れないところはたくさんあるから。
  まだまだ谷川でやることいっぱいあるよ」
住職「最後は結局人の力なんですよね」

自分もずっと言ってきましたが、人の力でも、人の力だからこそ、
出来ることってたくさんあるんだと思います。
うちは週末だけ(連休でもない限り活動は実質一日)、重機も使えない、
女性が多いチームです。でも、やれることってたくさんあるんですよね。
牛タンを頂けた事は本当に嬉しかったです。
もちろん美味しい牛タンが食べられる、っていうのもありますが、
一度や二度入っているボランティアにまでそんなふうに渡しているはずがありません。
土曜日もうち以外にいくつかのグループが入っていましたし、◎◎建設と書かれた
ジャンパーを着ている重機隊もいました。
でも、棟梁に呼ばれて、住職から牛タンを渡されたのはこもゆうチームです。
専門性もなく、機械も使えない、週末だけのこもゆうチームです。
やっぱりそれは嬉しかったですね。

夜はまたバーベキューをして頂きました。
前回連休に行ったときに残ったお肉と、住職から頂いた牛タンと。
土曜日の朝、自分たちの姿を見たたけさんは嬉しそうに
「今日も火を起こしておくから」と言ってくれました。
うちが中止にした前の週に入ったボランティアもいたでしょう。
今回もうちが入る前日には10人以上が泊まっていました。
連休以後、いくらでもバーベキューをする機会はあったようにも思います。
こもゆうチームが行ったから、っていうのは都合が良すぎる解釈かな?

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牛タンもらって喜んでいるこもゆうでした(笑)
と言うのは冗談で、毎週継続してきてくれると言う事実以外に、
こもゆうチームは大原や牡鹿の人々に寄り添ってくれています。
ボランティアの活動の目的が、その作業自体にあるのではなく、
この震災の被害にあった人々の復興のために、どこまで寄り添えるか?
どこまで、困った他人に対して親身になれるかが、作業をしている姿からも
映し出されているのだと思います。     (やっさん)
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by aoesupport | 2011-08-19 15:00 | 活動報告など