2011・3・11日に起きた東日本大震災におけるHS神戸とサポートチームの活動報告です


by aoesupport

てきやチーム和歌山支援隊2回目

和歌山支援隊②   てきや記
『かすかな希望』
あまりの被害の大きさに2回目の和歌山入りを決めた今回、床下の泥との
たたかいから見えたかすかな希望を胸に抱き、帰ってきました。

10月7日(金)仕事を終え職場から新幹線で新大阪へ向かいました。
兄貴分のカメラマンの小西さんと合流、AOEの先輩のくださんが、
前回同様、車を貸してくれ、小西兄貴の運転で、夜中に串本到着。
8日朝6時和歌山で小学校の先生をしている武部さん(うーぷーさん)と
うーぷーさんのお父さんと再会し那智勝浦へ向かいました。

朝8時から『熊野支援ベース絆』のメンバーと合流、八反田地区で
活動することになりました。 そこは、床下に泥が残り、いたるところに
瓦礫や土砂が残り、側溝も埋まっている地区でした。
このエリア一帯の畑や田んぼも泥や瓦礫に埋まったまま・・・
こんなに被害がひどいのに、もう報道もされず、忘れさられ、
取り残されていくのか・・・・・・・
床を張り替えなければならない家も多く、気の毒でした。家具も
泥にまみれているお宅もあり、4月の石巻と同じ光景が広がっていました。
b0213209_8101948.jpg

早速、お宅の床下の泥出しをはじめました。
早い段階で泥を撤去しないと、柱や土台が腐ってしまう場合があります。
屋外と違い、思うような姿勢がとれない中での泥だし、四つん這いでの泥だし。
でも、これは序の口でした。
うーぷ-さんが『押忍!』という気合いと共に床下へ潜って行きました。 
全身泥だらけになりながら、歩伏前進しつつ泥を掻き出していっています。
てきやも遅れまじと思いましたが身体が硬直しました。
うつ伏せでしか前へ進めない、想像を絶する暗闇と閉塞感、
吐き気すらする・・・5分位経ったかな?
ようやく身体がなじみ、覚悟を決め、遅ればせながらてきやも
泥だらけになりながら歩伏前進しつつ泥をかき集めました。
b0213209_813585.jpg

小西兄貴は、重機とダンプを運転して大活躍し、八反田地区長さんから
頼りにされ、うーぷ-さん、てきや、うーぷーさんのお父さんは、
瓦礫や土砂の撤去や床下の歩伏前進を続けました。
有機栽培農家の手伝いを終えて、駆けつけてくれたこもゆうチームの
北村さん。前回も一緒に活動した人です。
てきやのようにためらうことなく、床下へ潜って行きました。
作業は、日没まで続き、八反田地区長さんから、
『おおきに もう、帰って休みなさい。』と言って頂き、
9日も7時から側溝の泥だし作業を行う約束をして、串本へ戻りました。
その夜は、電車を乗り継いで、大男の荒木はじめちゃんも駆けつけて
くれました。 こうして、仲間が増えていくのもいいものですね。

9日朝7時、側溝の泥だし作業から始まり、瓦礫や土嚢袋の撤去、
床下での歩伏前進を続けました。
区長さんはすれ違うたびに、『おおきに』と笑顔で言ってくれます。
他の住民の方々も『おおきに』『ありがとう』笑顔で言って頂き、
とてもうれしかったです。

そして、最終日10日の作業へ向けてAOEの先輩のくださんと
その息子の匠君(9歳、小学校4年生)とAOEのアポックも加わりました。
b0213209_8112736.jpg

10日 最終日。うーぷーさん、うーぷーさん父、小西兄貴、アポック、
はじめちゃん、くださん、匠君、てきやでこの日も、側溝と床下の泥だし、
瓦礫・土嚢袋の集積場への撤去、運搬作業を行いました。
9歳の匠君も頑張っていました。60歳代のうーぷーさん父も
数え切れない位の土嚢袋を運んでいて、申し訳ないような、
ありがとうございますって頭を下げたいような気持ちになりました。

まだ作業は途中でしたが、新大阪21時20分の最終新幹線に
てきやとはじめちゃんが間に合うよう、まだ続行したい気持ちを
封じ込めて、引き継ぎを行い、14時30分に八反田地区を後にしました。
残ったうーぷーさんは夕方まで床下の泥だしを、うーぷさん父と
アポックは16時過ぎまで、重い土嚢袋を運び続けてくれました。

うーぷーさんの話しによると、この川の上流にある小学校は、
泥や瓦礫にまみれたまま放置されているとのことでした。
まだまだ、復興まで、時間とお金と人手と心が必要・・・
それは東北も石巻も同じ・・・まだ何も終わっていない・・・

てきやが尊敬している小西兄貴からメールを頂きました。
『1日明けて、やはり今回の和歌山行きは「行って良かった」と感じます
支援活動に良いも悪いもなく、もちろん災害なんて無い方がいいのですが
それでも今回は「良かった」と思います。
前回あまり聞けなかった「おおきに」「ありがとう」という言葉。
今回はいっぱい聞けましたね。お礼の言葉を述べてもらう必要は
特に無いのだけど地区の人に「おおきに」と言われて気分悪い訳は無いです。
それだけこの1ヶ月間、絆やボランティアの人が頑張って来た証でしょうね。
てきやチームの頑張りも地区の人に感動を与えていましたよ。

3日間、八反田にベタ付き出来て区長さんや地区の人との信頼関係を
築く事が出来たのも大きかったし、和歌山2回目というのもあって
落ち着いて活動出来たし、行った時期も良かった。
そしてやはり武部さんの献身的な頑張りには心打たれました。
これからの自分の考え方に大きく影響を与えるであろう
3日間となったのは間違いありません。そして
「てきやチーム」として行けてよかったです。ありがとうございました。』
b0213209_892098.jpg

〈てきやが感じたかすかな希望〉
暗い床下から見えた、うーぷーさんと小西さんの背中はとても
まぶしかったです。 そして、60代で頑張るうーぷーさん父と北村さん。
「まだ日本にも心ある人たちがいるんだ!!」という実感がこみ上げてきました。
そして、床下から、匠君が泥を運んでいる姿も見えて・・・(^-^)・・・
『おおきに』と言ってくれた住民の方々の笑顔と・・・
尊敬できる、追いかけたい背中たちが見えた。
かかわりあいから生まれるつながり、笑顔、絆
それが、床下から見えた、てきやのかすかな希望でした。
このつながりの輪が少しずつ大きくなることを願って

『よみがえれ熊野 よみがえれ日本 そして 心をとりもどせ 日本!!』
[PR]
by aoesupport | 2011-10-12 09:30 | 活動報告など