2011・3・11日に起きた東日本大震災におけるHS神戸とサポートチームの活動報告です


by aoesupport

てきやさん南相馬市活動(5月後半)

やっさんです。
牡鹿では瓦礫の撤去作業などが少なくなってきたため
てきやさんはどんどんと片付けの進んでいない場所に
活動の場所を広げており、今回は20キロ圏内まできました。
その活動に様々なご意見もあるとは思いますが、良くも悪くも
てきやさんの報告から少しでも何か感じてくれれば、それが
震災の被害を忘れないことにつながります。そんな思いのレポートです。
今回は写真撮影を自粛したということで、文章のみとなります。
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『てきやと有志による南相馬市での活動報告』

「愚直なるままに (^-^)」 ~20キロ圏内へ~
5月20日(日)てきや一人、26日(土)27日(日)はやまちゃんと一緒に
『南相馬市ボランティア活動センター』に行き、4月16日より
避難指示解除準備区域となった南相馬市の小高区で活動してきました。
20日は側溝の泥出しと瓦礫撤去を26日は家の瓦礫撤去、
27日は家の周囲の草むしりを行いました。

小高区は予想以上にひどい状況でした。
たくさんの瓦礫が放置され、水田に車が突き刺さり、壊れた家や店が
そのままの状態で、地盤沈下と側溝が埋まったままなので道が
池のようになっているところもありました。 仮設から通い、
壊れた家の中を片付ける老夫婦の姿に胸が締め付けられました。
それを手伝う少数の常連ボラたち・・・
瓦礫まみれの水田、水が引かずに沼と化した水田、流されて土台しかない家・・・

時が止まり、住民の方々の心もすべてが置き去りにされているように感じました。
目に入るものすべてが痛かったです。このまま風化のなかで、
南相馬市小高区は置き去りにされていってしまうのかな・・・
ここも日本のふるさと・・・


活動前、いつものように、ボラセンター長の松本さんが熱く語っていました。
そして更に南相馬市社会福祉協議会の門馬会長のお話によると、南相馬市は、
7万人代いた市民の方々が、震災後の今は4万人代になってしまいかなしい・・・
このままでは終わらせたくない、ふるさとを離れざるを得なかった人たちに
おもいをはせつつ、ふるさとを再生したい。
遠くから来て瓦礫撤去と泥出しに携わってくれているボランティアの人たちには
心より感謝しています。と淡々と語られていたことも印象的でした。

南相馬市での活動はいつも黙祷からはじまります。
またここに来ようと自分の中で再確認した20日の日から
仕事中も小高区のかなしい光景が時々浮かんできました。
そして翌週、特に26日の土曜日は心に残る1日となりました。
海が見える坂の上のお宅の家と納屋の片付けを行いました。
おじいさんとおばあちゃんがいて、とても明るくて元気なおばあちゃんと
一緒にお話ししながらの作業でした。お花づくりと民謡が趣味で、
『・・・助かったよ。どこから手をつけていいかわからなくてね・・・』とか
『子供が二世帯住宅を作ってくれたんだけどやっぱり50年暮らしたここがいいんだよ・・・』
このおばあちゃんは、ここに本気で住むつもり、そのための今の片付けなんだ、
だからこんなにうれしそうなのか・・・とわかりました。

おばあちゃんからはいろんな話を聴かせてもらいました。
おばあちゃんの民謡の先生が津波に飲み込まれ亡くなられてしまったこと、
おばあちゃんはそういうおもいを背負って民謡をうたい続けるつもりのこと
震災前はおばあちゃんが育てたお花畑があって、海が見えてのどかな
田園風景が広がり、海水浴の人たちもいて、ここは本当にいいところなんだよ・・・と。

おばあちゃんが『3年後位に、ここにまた住めるようになって、お花畑を作ったら、
皆さんを必ず招待するからね、一緒にお花畑と海を見ながらお茶を飲みましょう。
このノートに名前と住所書いてね・・・』
気がつくとこの1日おばあちゃんはずっと笑顔で、ボランティアの活動写真も
自ら撮り始め最後はおばあちゃんの呼びかけで集合写真もみんなで撮りました。
うれしい・・・喜ばしい場面なのかもしれませんがおばあちゃんの笑顔と
周囲の光景が対照的でいたたまれないような、うれしさだけではない、
いろいろなおもいを感じている自分がいました。
「国や行政は何をしているんだろう」
ともおもったし、自分が風化をくい止められない無力感も感じました。
『せめて3年も待たずにおばあちゃんのお花畑が見たい。』
海を見ながら心の中で何度もそうつぶやいた1日でした。

帰りの高速で助手席にいたやまちゃんに今回の活動の感想を聞いてみました。
やまちゃんはいつも誰よりも黙々と身体を動かしそしていつも多くを語らない人です。
今回も、『やる気が出ました。また是非。』とのことでした。
今回出逢ったおばあちゃんのように、この地、このふるさとで住み、
生きようとする方がひとりでもいるのなら、そしてそこに瓦礫と泥が
残っているのなら、私は予定のない休日は、この地に足を運び、
瓦礫と泥を撤去し続けようとおもいます。

愚直なるままに (^-^)
どうか皆様これからもあたたかい見守りと活動へのご理解とご協力をよろしくお願い致します。

てきやこと清田和男
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by aoesupport | 2012-06-03 10:30 | 活動報告など