てきやさん石巻2014年3月活動
2014年 04月 16日
3月の石巻牡鹿半島活動報告
「薄れていくつながりと深まるつながり」
◆この時期は、ワカメ・めかぶ漁が忙しい。
3月21日に大原入りする予定であったが大原行政区の石森区長さんから
電話をいただき、仙台では雪も降った悪天候で、21日は船を出せないので、
ワカメの作業はないとのこと、いっちーと東北道での車中で相談し、
南相馬へ向かうこととし、いつものようにボラセンでマッチングを経た
チームで草刈りを行った。その後南相馬から石巻へ向かった。
◆22日と23日のお昼まで石森区長さんの親戚の小淵浜(大原の近くの浜)の
藤丸さんのところでめかぶの実を茎から削ぐ作業とワカメの検品、箱詰め
作業をさせて頂いた。めかぶの作業は何度かやったこともあり、
フォークみたいな道具でサクサク削げて簡単で気持ちがよかったが
ワカメの検品、箱詰め作業は、自分が選別したワカメがそのまま市場に
行ってしまうので超緊張した。まさに社会勉強という感じで
いい体験をさせて頂いたし、何より土地の人に親切に教えてもらいながら
一緒に作業できたことがうれしかった。
そしてもう一つうれしかったことは今回は以前より活気があるように感じた。
まだまだいろいろ問題はあるんだろうけど、漁業を通しての
土地の人の確かな生活というか営みが戻りつつあると雰囲気から感じた。
◆夜はおがた棟梁と再会した。
作業場には鐘突き堂の骨組みが出来上がっていた。
ワカメの作業が終わったら大原の人たちで基礎工事を行うのだという。
てきやさん ブログに紹介してけろ(^-^)」棟梁の笑顔に自分もうれしくなった。
そして棟梁は木を組み合わせた照明器具も作っていた。
家族の団欒がおもい浮かぶオレンジ色のやさしいあたたかさを感じる光だった。
「棟梁、てきやもこれほしいです。」と注文して棟梁も笑顔で受けてくれた。
瓦礫を撤去するボランティアの一人としておがた棟梁と出会った。
てきやが作業していると棟梁はいつもやさしいことばをかけてくれた。
いつしかいろいろな話しやかかわりができるようになった。
そして今回、自分が働いたお金で棟梁が仕事をした物を買うことができる
よろこびをおもった。きっと大切な一生の思い出と宝物になる買い物となる。
震災が起きてみんなたぶん無意識に我慢しつつ協力しあってきた。
時が経つにつれてその我慢の反動もあってか、失ったものが大きいなかで
それぞれがそれぞれの生活へ戻っていく過程で人の世の常である、
諍いやすれ違いもあった。
てきやもボランティアとして、大原の人たちに迷惑をかけず、
いかに役に立つ存在でいられるかをおもってきた。
もちろん今もそれは基本姿勢にしている。
しかし、最近はてきやも自分の中のいろいろな感情が
大原の人たちを前にしても表に出てくるようになった。
自分が納得いかないことに真摯に向き合う必要も感じている。
もうボランティアではなく清田和男としてどう物事に対処し、
どう人とかかわっていくかを今、自分で自分に問いかけている。
そしてこの局面も学びと成長のチャンスとして受け止めていきたいと
おもっている。人が人を大切におもう時のその表現の幅の広さと深さを
今いただいている心遣いへの感謝と共におもう。
今回、薄れていくつながりと深まるつながりのふたつをおもった。
これからも大原へ漁業や神社の手伝いに行き、
大原にいる会いたい人に会いに行きたい。
てきやこと清田 和男
「薄れていくつながりと深まるつながり」
◆この時期は、ワカメ・めかぶ漁が忙しい。
3月21日に大原入りする予定であったが大原行政区の石森区長さんから
電話をいただき、仙台では雪も降った悪天候で、21日は船を出せないので、
ワカメの作業はないとのこと、いっちーと東北道での車中で相談し、
南相馬へ向かうこととし、いつものようにボラセンでマッチングを経た
チームで草刈りを行った。その後南相馬から石巻へ向かった。
◆22日と23日のお昼まで石森区長さんの親戚の小淵浜(大原の近くの浜)の
藤丸さんのところでめかぶの実を茎から削ぐ作業とワカメの検品、箱詰め
作業をさせて頂いた。めかぶの作業は何度かやったこともあり、
フォークみたいな道具でサクサク削げて簡単で気持ちがよかったが
ワカメの検品、箱詰め作業は、自分が選別したワカメがそのまま市場に
行ってしまうので超緊張した。まさに社会勉強という感じで
いい体験をさせて頂いたし、何より土地の人に親切に教えてもらいながら
一緒に作業できたことがうれしかった。
そしてもう一つうれしかったことは今回は以前より活気があるように感じた。
まだまだいろいろ問題はあるんだろうけど、漁業を通しての
土地の人の確かな生活というか営みが戻りつつあると雰囲気から感じた。
◆夜はおがた棟梁と再会した。
作業場には鐘突き堂の骨組みが出来上がっていた。
ワカメの作業が終わったら大原の人たちで基礎工事を行うのだという。
てきやさん ブログに紹介してけろ(^-^)」棟梁の笑顔に自分もうれしくなった。
そして棟梁は木を組み合わせた照明器具も作っていた。
家族の団欒がおもい浮かぶオレンジ色のやさしいあたたかさを感じる光だった。
「棟梁、てきやもこれほしいです。」と注文して棟梁も笑顔で受けてくれた。
瓦礫を撤去するボランティアの一人としておがた棟梁と出会った。
てきやが作業していると棟梁はいつもやさしいことばをかけてくれた。
いつしかいろいろな話しやかかわりができるようになった。
そして今回、自分が働いたお金で棟梁が仕事をした物を買うことができる
よろこびをおもった。きっと大切な一生の思い出と宝物になる買い物となる。
震災が起きてみんなたぶん無意識に我慢しつつ協力しあってきた。
時が経つにつれてその我慢の反動もあってか、失ったものが大きいなかで
それぞれがそれぞれの生活へ戻っていく過程で人の世の常である、
諍いやすれ違いもあった。
てきやもボランティアとして、大原の人たちに迷惑をかけず、
いかに役に立つ存在でいられるかをおもってきた。
もちろん今もそれは基本姿勢にしている。
しかし、最近はてきやも自分の中のいろいろな感情が
大原の人たちを前にしても表に出てくるようになった。
自分が納得いかないことに真摯に向き合う必要も感じている。
もうボランティアではなく清田和男としてどう物事に対処し、
どう人とかかわっていくかを今、自分で自分に問いかけている。
そしてこの局面も学びと成長のチャンスとして受け止めていきたいと
おもっている。人が人を大切におもう時のその表現の幅の広さと深さを
今いただいている心遣いへの感謝と共におもう。
今回、薄れていくつながりと深まるつながりのふたつをおもった。
これからも大原へ漁業や神社の手伝いに行き、
大原にいる会いたい人に会いに行きたい。
てきやこと清田 和男
by aoesupport
| 2014-04-16 22:30
| 活動報告など