2011・3・11日に起きた東日本大震災におけるHS神戸とサポートチームの活動報告です


by aoesupport

てきやさん活動報告8月~11月

少しあいだが空いてしまいましたが、てきやさんの活動報告です。
本人の言うように「まだ活動を続けています。」継続こそが力なりですね。

8月~11月 活動報告 『…いてくれてありがとう…』

ちょっと仕事が忙しく、活動報告は間があいてしまいましたが、
活動は続けています。ご一読頂けますとうれしくありがたく思います。

自分の中でずっと気に入っているフレーズがある。
神田橋條治先生の本の中のミルトン・エリクソンの言葉…
「私の言葉が、今後あなたのお友達の声として、いろいろな
人々の声として、そして風の音として、波の音として、
今後ずっと、あなたの中で響くでしょう。」
こういう声を届けられる人にはなれなかったけど、この活動を通して
こういう声に包まれている自分がいることに感謝している。

8月2日 南相馬 お宅周辺の竹、植木伐採、草刈り
8月9日 南相馬 お宅の庭の草刈り
9月27日 てきや、いっちー 竹や木の粉砕
10月18日 南相馬 内勤(ボランティアセンター内での事務、電話、被災者対応)
11月22日 南相馬 竹の伐採
11月22~24日 石巻牡鹿半島大原浜へ


◆8月2日の南相馬も印象的な一日だった。到着前から家主さんが
竹を伐採していた。久しぶりにご家族の方がいてくれての作業に気合いが入った。
住み慣れた家と土地をあきらめるかどうか悩んでいらっしゃるとのこと、
どちらにしても一度更地にするので植木も根元から切りたいとのこと。
紳士的な家主さんだった。
「怪我だけはして欲しくない。雷雨が来たら作業はは即やめて下さい。」
また、チェンソーはボランティアの怪我の危険があるので使わないで
欲しいとのことだったが、ボランティアが減少している折りもあり、
今日少しでも進めたいと思い、ボラセンから借りてきたチェンソーを
家主さんの了承を得て、使わせてもらった。
「こんなにはかどるとは 気が楽になりました。」 と言っていただき、自分もほっとした。
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◆10月18日の内勤ボラはこれで2度目となる。被災者の方が複数名訪れた。
松本センター長の対応を観察できた。(ボランティアが減少し、ニーズに追いつけないので)
「いつできるかわかりませんので、立ち会いはなしでお願いします。」と言いながら、
地図を広げながら、書類にどの木を伐るか等つぶさに見取図を描いていた。
これが現場に行っても家主さんがいない中での作業が多い理由だった。
水田だった所は荒野と化し、住んでいた所は、草と竹に覆われていく…
そして原発のせいで家族がバラバラになり、老夫婦が仮設住宅に残され、
住んでいた家と土地の草刈りや片付け等が滞っている現状に
やるせなさともどかしさを感じた。これからも無理のない範囲で活動を続けようと思った。

◆9月28日は震災の年に水害に見舞われたおばあちゃんがいる
福島県金山町に向かった。いろいろ用意されたり、数十分前から家の外で
待っていてくれたりするので、恐縮してしまうのであえて連絡はしなかった。
残念ながらおばあちゃんは留守だったけど、庭の畑が手入れされ、
野菜が育っていたので元気なんだと思った。
後日電話したらたまたま法事があり、外出していたとのこと、
「気に掛けてくれてありがとう。今度は会おうね。」という言葉に
包まれて心があたたかくなった。 こういうかかわりがずっと続きますように…
冒頭のミルトン・エリクソンの言葉が実感を伴って追いかけてくる。
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◆11月8日(土曜日)職場である王子福祉作業所の文化祭のようなお祭りで
復興支援コーナーを立ち上げ、釜石市の福祉作業所(2箇所)から
キムチや切り干し大根、カット干しシイタケを販売し、昨年(めかぶ汁)に引き続き、
石巻でお世話になった長沼商店のやっちんさんからめかぶを送ってもらい、
今年はめかぶ入りたこ焼きを焼いた。
大原行政区の石森区長さんに大漁旗を一枚貸していただきたいと
お願いしたところ6枚の大漁旗が届いた。
信頼をいただき、また石森区長さんの心遣いに感謝とよろこびを感じた。
そして大漁旗を背にめかぶ入りたこ焼きを焼けるしあわせを想った。
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◆11月22日、南相馬での竹の伐採作業の後、石巻牡鹿半島大原へ北上した。
21時に着くとめかぶを提供してくれたやっちんさんと高橋さんが
牡蠣と島豚のしゃぶしゃぶを用意して待っていてくれた。
朝は石森区長さん宅で朝ごはんをごちそうになり、小野寺さん宅にも
夕食に呼ばれたりしてたくさんもてなしてもらってしまった。
おがた棟梁と話す時間を作れないまま帰り際になってしまった。
「てきやさん 何でオラの所にもっと早く来なかったんだ…」と
最初は真顔で怒っていたので少し焦った。話しているうちに
いつもの棟梁に戻り、うれしそうに神社の鐘楼堂の完成を語っていた。
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棟梁の創った鐘楼堂は秋の空を背にして静かに美しく佇んでいた。
そして…「夏祭りにてきやさんにあげようと思って創ったんだ」と言って、
檜の作品をお土産にくれた。うれしすぎてフワフワした感じで、
実感が伴ったのは、自宅に着いてからだった。
誰かが自分の存在を認めてくれていて覚えてくれているよろこびと
しあわせを改めて想った。大原の人たちに出逢えてよかった。
大原の人たちがいてくれてよかった。 いてくれてありがとう。

この活動での出逢いとかかわりが、想い出として、生き方として、
友のことばとして、風の音、波の音として、響き、自分を包んでいく。
また次は南相馬へ  てきやこと清田和男
 
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by aoesupport | 2014-12-14 02:43 | 活動報告など