2011・3・11日に起きた東日本大震災におけるHS神戸とサポートチームの活動報告です


by aoesupport

カテゴリ:活動報告など( 119 )

柳澤 のん です
最近、このページでの報告が少なく、すみません
「けんせんふぇす」USTREM配信をやってみたり、陸前高田から柴田旺山氏による竹楽器の演奏会のこれもまたUSTREAM配信をしてみたり、大原小学校の運動会に行ったりなどなどしていました。

そして、先週末はOPENJAPANでの活動としてNPO法人スマイルシードが主催した、奥松島宮戸島【森と海の約束】~ともに希望の森づくり~に参加しました。

私は金曜日の夜、結婚記念日のデートを終えたばかり中子さん(笑顔311)が土曜日に石巻市内に用事があるとの事でしたので、一緒に石巻OPENJAPANベース入りしました。
石巻に到着した私は誠ちゃんと明日の活動場所の下見をしに行きました。そこで初めてお会いした富士子さんパワフルな行動に少々圧倒されそうも、淡々と下見をすませました。
午後は牡鹿半島小渕浜の漁師 ゆっちさん の作業小屋へ行き、今月末頃から始める予定の あなご漁 の準備を見学しました。
やはり、全ての漁具を津波で無くしてしまったので準備と言っても、毎年していた、道具の手入れではなくって部材を買って来て作るといった事でしたので、2つのパーツをつなぎ合わせたり、使いやすい様に手を加えて加工したりと、とても手間のかかる事を、若い漁師達と試行錯誤しながらやっていました。

その後、表浜漁協の木村委員長宅へ訪問し、お話をしました。
今まで、よく来ていたボランティアも最近は少なくなり、ちょっと、寂しい感じがするなぁ、といった事を話していました。
奥さんの春子さんともいろいろとおしゃべりし、話の中で「漁師はスカスカやる事があってね~」とおっしゃったので、「スカスカってなんですか?」ときいたところ、「次から次へと」という意味だと教えてくれました。私は初めて聞いた方言でした(ご存知の方いらっしゃいましたか?)

そして、日曜日の作業に必要なスコップやネコを運び出す為に大原へ行きました。
夕方だったのですが、**高校の生徒を受け入れるために区長さん副区長さんそして総代の3人がセンターにいらっしゃいました。高校生らは私が記憶する限り3~4回は大原に来ているのでと思います。何度も同じ所に行く事はとても良い事だと思います
でも、私は区長さんをはじめ何人かが対応するのは日曜の夕方なのに大変だなぁ。と思いました。ボランティアの受け入れも早くボランティアで対応できれば、良いんじゃないかなぁと勝手に思っていました。
そして、土曜の夜は誠ちゃん、中子さん、トトロさんと4人で石巻市内の居酒屋さんで食事をしました

日曜日の作業へ続く、、、。
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by aoesupport | 2012-06-12 11:09 | 活動報告など
やっさんです。
牡鹿では瓦礫の撤去作業などが少なくなってきたため
てきやさんはどんどんと片付けの進んでいない場所に
活動の場所を広げており、今回は20キロ圏内まできました。
その活動に様々なご意見もあるとは思いますが、良くも悪くも
てきやさんの報告から少しでも何か感じてくれれば、それが
震災の被害を忘れないことにつながります。そんな思いのレポートです。
今回は写真撮影を自粛したということで、文章のみとなります。
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『てきやと有志による南相馬市での活動報告』

「愚直なるままに (^-^)」 ~20キロ圏内へ~
5月20日(日)てきや一人、26日(土)27日(日)はやまちゃんと一緒に
『南相馬市ボランティア活動センター』に行き、4月16日より
避難指示解除準備区域となった南相馬市の小高区で活動してきました。
20日は側溝の泥出しと瓦礫撤去を26日は家の瓦礫撤去、
27日は家の周囲の草むしりを行いました。

小高区は予想以上にひどい状況でした。
たくさんの瓦礫が放置され、水田に車が突き刺さり、壊れた家や店が
そのままの状態で、地盤沈下と側溝が埋まったままなので道が
池のようになっているところもありました。 仮設から通い、
壊れた家の中を片付ける老夫婦の姿に胸が締め付けられました。
それを手伝う少数の常連ボラたち・・・
瓦礫まみれの水田、水が引かずに沼と化した水田、流されて土台しかない家・・・

時が止まり、住民の方々の心もすべてが置き去りにされているように感じました。
目に入るものすべてが痛かったです。このまま風化のなかで、
南相馬市小高区は置き去りにされていってしまうのかな・・・
ここも日本のふるさと・・・


活動前、いつものように、ボラセンター長の松本さんが熱く語っていました。
そして更に南相馬市社会福祉協議会の門馬会長のお話によると、南相馬市は、
7万人代いた市民の方々が、震災後の今は4万人代になってしまいかなしい・・・
このままでは終わらせたくない、ふるさとを離れざるを得なかった人たちに
おもいをはせつつ、ふるさとを再生したい。
遠くから来て瓦礫撤去と泥出しに携わってくれているボランティアの人たちには
心より感謝しています。と淡々と語られていたことも印象的でした。

南相馬市での活動はいつも黙祷からはじまります。
またここに来ようと自分の中で再確認した20日の日から
仕事中も小高区のかなしい光景が時々浮かんできました。
そして翌週、特に26日の土曜日は心に残る1日となりました。
海が見える坂の上のお宅の家と納屋の片付けを行いました。
おじいさんとおばあちゃんがいて、とても明るくて元気なおばあちゃんと
一緒にお話ししながらの作業でした。お花づくりと民謡が趣味で、
『・・・助かったよ。どこから手をつけていいかわからなくてね・・・』とか
『子供が二世帯住宅を作ってくれたんだけどやっぱり50年暮らしたここがいいんだよ・・・』
このおばあちゃんは、ここに本気で住むつもり、そのための今の片付けなんだ、
だからこんなにうれしそうなのか・・・とわかりました。

おばあちゃんからはいろんな話を聴かせてもらいました。
おばあちゃんの民謡の先生が津波に飲み込まれ亡くなられてしまったこと、
おばあちゃんはそういうおもいを背負って民謡をうたい続けるつもりのこと
震災前はおばあちゃんが育てたお花畑があって、海が見えてのどかな
田園風景が広がり、海水浴の人たちもいて、ここは本当にいいところなんだよ・・・と。

おばあちゃんが『3年後位に、ここにまた住めるようになって、お花畑を作ったら、
皆さんを必ず招待するからね、一緒にお花畑と海を見ながらお茶を飲みましょう。
このノートに名前と住所書いてね・・・』
気がつくとこの1日おばあちゃんはずっと笑顔で、ボランティアの活動写真も
自ら撮り始め最後はおばあちゃんの呼びかけで集合写真もみんなで撮りました。
うれしい・・・喜ばしい場面なのかもしれませんがおばあちゃんの笑顔と
周囲の光景が対照的でいたたまれないような、うれしさだけではない、
いろいろなおもいを感じている自分がいました。
「国や行政は何をしているんだろう」
ともおもったし、自分が風化をくい止められない無力感も感じました。
『せめて3年も待たずにおばあちゃんのお花畑が見たい。』
海を見ながら心の中で何度もそうつぶやいた1日でした。

帰りの高速で助手席にいたやまちゃんに今回の活動の感想を聞いてみました。
やまちゃんはいつも誰よりも黙々と身体を動かしそしていつも多くを語らない人です。
今回も、『やる気が出ました。また是非。』とのことでした。
今回出逢ったおばあちゃんのように、この地、このふるさとで住み、
生きようとする方がひとりでもいるのなら、そしてそこに瓦礫と泥が
残っているのなら、私は予定のない休日は、この地に足を運び、
瓦礫と泥を撤去し続けようとおもいます。

愚直なるままに (^-^)
どうか皆様これからもあたたかい見守りと活動へのご理解とご協力をよろしくお願い致します。

てきやこと清田和男
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by aoesupport | 2012-06-03 10:30 | 活動報告など
やっさんです。
私の予備校時代からの友人HATAYAMA氏も自分の第二のふるさと
というつくば市での被害にたまらずボランティアに向かってくれました。
私と同じ年の40台半ばの会社員の彼ですが、その動きは若者のようです。
彼からのメールいただきましたので、こちらに報告として載せておきます。
誰でもどんな形でも、困った人がいたら思いやれるようになれば、
この国はまだまだ立ち上がれると思います。
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ようやく時間がとれ、つくば北条に行ってくることが出来ました。
エリアも限られており、命にかかわるような状態は脱していますが、
そうはいっても堅く閉めた雨戸まで吹き飛ばされ、
押入の布団の中にまで砂が入り込むような中心部のお宅、
最低限の生活スペースは確保しても、それ以外は散乱したまま。
まだまだ大変なことは多く続くと思われます。
少しでも力になり、また人々に記憶が絶えないよう、参考にお伝えします。

今回は被害の状況も正確にわからないこともあり、市の社会福祉協議会が
設立したボランティアセンターに正式に登録しての活動です。
初日は雑木林周辺に散らばったゴミの収集。二日目は
中心部の商店(履物屋さん)の家屋、店舗、物置等の片付け等です。
商店ではすべての商品が土埃にまみれ、ひとつずつ点検して廃棄するか決定。
残すとなったものは固く絞った布でふき取るなどリフレッシュ作業を経て、
これまた汚れ棚板が散乱していたのを直した陳列棚に並べていきます。
また2Fに上がらせていただき瓦礫の散乱したベランダを片付けます。

ほこり舞う中、大きな瓦礫を手で拾い、細かいものは箒で掃き集め、
水を流して土を落とす、徐々にきれいになっていくのは今日来た我々には
単純にうれしいことだが、6日以来戦い続けている立場に堪えること、
黙々と作業している奥さん、がんばりすぎちゃってる様子に胸が痛みます。
そう、北関東や東北の多くの日本人は、そもそも人に頼ることに抵抗があるし、
頼んじゃったら自分がより一生懸命やらないと、と思ってしまうのです。
何度か脱力するような話しかけをするもうまく行かなかったところ、
物置から古いが立派な和傘が出てきました。
店の屋号が達筆で記され古びているもとてもいい風合いです。
これを機にお店の成り立ちなど少しずつ語ってくれ始めた奥さん、
すこしずつリラックスして、作業は僕らがやるので捨てるか残すなどの
指示だけしていただければという意図を徐々にわかっていただけました。

物置を片付けていくと一条の陽光が差し込みます。屋根に小さいが穴が
開いていました。社協のボラは屋根に上っての作業が禁止されており
歯がゆいところですが、ご主人がこともなげに上られ修復を始めたので
お願いしました。そのかわりではないが、今後の本格的な作業のため
足場が組んであり、これは屋根ではないねとの判断で猿のようにのぼり
外壁から作業はさせてもらいました。ぐらぐらの外壁材や破損した
店名サインの一部など、落下しないようにはずしておろします。
足場の各段に1名ずつ乗り、垂直バケツリレーです。
当日参集の急造チームですが思いはひとつ、見事な連係プレーで
2階屋上から地面までがひとつになり、怪我なく作業できました。
夕方になりご主人、奥さんと相談し翌日こられる方への申し送り内容を
まとめ、ボランティアセンターに報告して終了です。

報道その他ではおおむね落ち着いたといわれており、また社協ボラセンも
ニーズをうまく掘り起こせておらず、ボラの新規募集は昨日曜をもって
終了とのことですが、実態としてはまだまだはるか長い道のりです。
わが第二の故郷で起きた大惨事、なんとか風化させずに地道に
サポートできればと思います。

幸い当面の具体的なターゲットがあります。
7月末土日に北条祇園祭、これを実施できるか、
そしてそこにどれだけ人を集め盛り上げられるか、北条の明日が見たいですね。
畑山啓(HATAYAMA SATOSHI) 
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by aoesupport | 2012-05-26 15:30 | 活動報告など
やっさんです。

誠ちゃんの仲間も初動から救援活動をしてきたつくば市の竜巻被害ですが、
先週末あたりから一般ボランティアとしてサポートチームの仲間が
活動に参加してきてくれたということですので、皆様にもご報告させていただきます。
一人目は、こもゆうチームのみっちゃんこと三谷さんです。
石巻牡鹿の大原ではお酒飲み交流も得意な彼女ですが、
今回はボランティア登録からマッチングされて実際の活動という手順で
ボランティア活動をしてきてくれました。彼女らしい報告となっております。
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つくばの竜巻があった週末はすぐに行けませんでしたが
初めて大原へ行ったときに、洞福寺で一緒に作業をした名古屋のあいちゃんが
FACEBOOKで仲間の活動情報を載せていました。
後で気づいたのですが、吉村さん代表のOPEN JAPANの活動でした。
また、木曽さんが吉村さんの記事を教えてくれましたので
5/19の週末に行ってみようと思い、木曽さんと関本みゆきちゃんと
3人でつくばへ向かいました。
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OPEN JAPAN のボランティアは5/13(日)で引き上げていましたが
つくばボランティアセンター[竜巻]に問い合わせると、
被害地区の北条にある市民ホールつくばねというところが受付でした。
つくばエクスプレス(TX)でつくば駅からつくバスに乗って、
30分(¥300)ほどで着きました。ボランティア受付時間9時ちょうどに
着いたのですが、たくさんの人が入り口にいて
受付→注意点などの説明→作業内容と人数のマッチングで1時間ほど
かかり、20人ほど集まって、車で来たボランティアの方に
数人ずつ乗せてもらい私立筑波幼稚園の周りにある畑や田んぼの
周りの農道などにある小さなガラスや破片などを取り除いていました。

見渡すと緑がたくさんあって山が見えて、たくさんの鳥の鳴き声がして
うぐいすの声と強い陽射しの下で本当に気持ちのいい汗をかきました。
被害にあったところはほとんど片付けられていたようで
午前中の作業はとても楽で大して瓦礫もそんななかったです。
市民センターのすぐ横には瓦礫の山がありましたが
後日業者が片付けるようです。

お昼はボランティアセンターに戻って、車に一緒に乗った方たちと
食べながら雑談をしていると車に乗せてくれた男性と他の4人、
3人の女性はみんなつくば市や周辺のご出身でした。その中の
1人はつくば(筑西かも)市のご出身で、現在は私の住む駅と同じでした。
午後は、久しぶりに側溝の泥かきでもして思いっきり汗をかきたかった
のですがちょうど女性3人だし、地元の社共が開催した
「ふれあいサロン」のPRをして欲しい、との要望でチラシ配りをすることになりました。

市民ホールからサロンの場所まで歩いてる途中、いろんな家の屋根に
ブルーシートが掛けられていたり壁に大きな穴が開いてたり、
まだきれいな家に散弾銃が打ち込まれたような無数の傷があったり
竜巻の被害を初めて目の当たりにしました。
チラシ配りはあまり人通りが無いのもあって、のどかな街並みを
歩いていました。途中、熊野神社という看板があったので、
鳥居をくぐってみましたが上に続く石段を見て断念しました。
三熊野神社を思い出しましたが、高いところからの景色に海が足りない!
と思いました。同じ熊野山である隣のお寺に手を合わせてきました。

外に出てきた方やお店に寄ってチラシを渡したり置いてきたりしましたが
酒店にあった「北条米スクリーム」に引かれてここで小休止をすることにしました。
イスがあったので借りて座って店主さんと少しお話をしました。
お店は被害がなかったのですが、3~400メートル先はひどかったそうです。
でも店主さんはテレビを見ていて気づかなかったそうです。
今度は筑波山観光にでも来て下さいと言っていただきました。
ワインに目をやると"牛久ワイン"というのがありましたので買ってみました。
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その後引き返していくと、あるところからブルーシートを掛けた屋根や
窓の家が幾つも出てきました。結構古い家や造りの建物もあったので、
それも原因かと思いますが被害のあったところと無かったところと境界線みたいで
こんなに違うものなのかと竜巻が通った道がなんとなく見えた気がしました。

サロンの場所である駐車場のようなところに戻ると地元のボランティアの方が
冷たいお茶を出してくれて、たまたま顔を出しに来たつくば市の
副市長さんとみんなで写真を撮ったりしました。
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市民ホールつくばねの入り口で、地元の野菜などの直売所があったので
覗いてみると新鮮な野菜が安く売っていて、さっき食べたアイスの原材料・
北条米が売っていたので買ってみました。レジでお会計をしていたら、
直径1センチほどの小さなさくらんぼを試食させていただきトマトを1つずつ頂きました。
みゆきちゃんがトマトについて、東京では高いことなどを話していると
もう1つずつおまけにと頂きました。帰ってさっそく冷蔵庫で冷やして食べるとおいしいこと!
寝不足と陽射しで疲れたみたいで、帰りのバスの中では首がかっくんかっくんしていました。
つくば駅では地元の食材などが売っていましたので
ヤーコン入りヨーグルトを飲んでみたり、きのこを買って帰りました。

作業があまり無かったので、それはそれで地元の方にとっては幸いであることと
反応があまりよくなかった方でも、話してみると冗談言ったり
地元のボランティアさんやいろんな地域からのボランティアさんとお話して
ずっとほのぼのした雰囲気でした。「今度は筑波山へ」とか
「ワインの収穫時期に」とか地元の方が何人も言ってくださったように、
またあの笑顔と明るさに触れに行きたいと思いました。

今回参加してみて、列に並んでボランティア受付をしたり
オリエンテーリングなど初めての経験も新鮮でしたね。
これからも機会があればいろんな活動にどんどん参加して
いこうと思いました。それにそう思う人が増えたらいいなと思いました。
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みっちゃん

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三谷倫子(みたにみちこ)
ブログ:http://blog.goo.ne.jp/mitch28
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by aoesupport | 2012-05-24 15:30 | 活動報告など
石巻牡鹿半島大原活動報告  4月28・29日

『 ◎◎ のために』

28日 めかぶ出荷手伝い
29日 午前 谷川洞福寺にて鹿除けネット回収、がれき撤去
午後 十八成浜神社前がれき撤去 を行いました。
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初日は大原の区長さんのいとこの小渕浜の藤丸さんのところで
メカブの出荷作業の手伝いをさせて頂きました。
海から挙がったばかりのメカブをフォークのようなもので
茎と実に分ける作業で、手応えが気持ちよくて、20人以上は
人がいて雰囲気もよくて、とても楽しかったです。
海の目の前で潮の香りがして、すごく活気があって、
そしてこの作業のあとで、どこかでこのメカブが売られ、
おいしく食べてもらえることを思うと、楽しいと感じられた作業でした。
メカブのしゃぶしゃぶもすごくうまかったです。

次の日は谷川の洞福寺の和尚さんから、
津波で流されてしまった本堂(お寺)を再建する予定なので、
その時再利用する「鹿よけネット」の回収を頼まれました。
しかし思ったより苦戦しました。 津波の後の固まった土や
倒木やあらゆる障害物に、数十メートルにわたるネットが
複雑に絡んでいて、その都度立ち往生しつつ、ほぐしていきました。
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その後、和尚さんから、「こんなにがれきが残っていたとは・・・余裕があれば、
寺の敷地内のがれきを集めてくれませんか。」 と依頼されました。
寺の敷地内の竹林の伐採と度重なる雨により、埋もれていたがれきが
たくさん露出していました。 「がれきはまだ埋もれているもの」
ということをこの後さらに、てきやチームは思い知らされることになります。

小形棟梁が来て「てきやさん、十八成(くぐなり)で13時に待ってるよ」
と言われ、ほとんどお昼休みも取れずに駆けつけると、
棟梁は、地元の人たちが中心のお祭りの準備で会場となる
十八成(くぐなり)浜の神社前の敷地の土地の整備にあたっていました。
「てきやさん 重機で掘り起こしたら、ゴミがたくさん出て来てびっくりしたっちゃ、頼むわ」
と言われ、力を振り絞りました。
棟梁が重機で掘り起こした土の中からたくさんのがれきがでてきて、
予想外の強い日差しの中のこの作業は、朝7時から動いていた
てきやチームのスタミナを確実に奪っていきました。
「お祭りに来てくれた人たちが転んだり、つまずいたりしませんように」
そういうおもいで何とか、頑張りました。
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十八成(くぐなり)浜の区長さんからも 「こんなにきれいにしてくれてありがとう。
棟梁は昨日からてきやチームにって言っていた。ありがとう。是非お祭りに来てね。」
と言って頂きました。棟梁のうれしそうな、満足そうな表情を見て自分もほっとしました。

活動をはじめてまる一年がたちました。 たくさんの方々の協力を頂き、
野菜とお花と支援物資を車に積んで石巻へ向かった去年の4月から
今もてきやが尊敬している神田橋先生の「出逢った関係性には終わりはない」
ということばをかみしめています。 
(たとえ対象が喪失したり、会えなくなって一緒にいられなくなったとしても、
一人称になってしまっても、出逢えてかかわれた記憶が当事者には残るから
何度でもそのひとをおもうことができる。)

この一年たくさんの大切にしたいいい出逢いに恵まれました。
来年も、メカブ出荷の手伝いや神社のお祭りには行きたいと心から思っています。
去年の5月は、「とにかくがれきを撤去する、とにかく元へ少しでも戻す、
とにかく泥だしを・・・」 そういう感じでした。
今、同じ場所で地元の人たちと一緒にメカブ出荷作業を行い、
誰かが大きなくしゃみをすると笑い声が響き、「・・・だっちゃ  ・・・してけろ」
という聞き慣れた方言が心地よく耳に響きました・・・
この雰囲気がてきやはたまらなくうれしかったです。

石巻は「とにかく◎◎する」から「◎◎のために◎◎をする」 という段階に
入ったと感じました。
しかし、震災、津波の影響での設備・人手不足から、
かきやワカメの収穫量は震災前に全然届かないという話しも聞きました。
今回の活動のように当たり前の何かをしようとすると、まだがれきはたくさん出てきます。

震災と心災はまだ続いているんだなぁとも感じました。
これからも東北に心を寄せていきたいとおもっています。
てきやこと清田和男
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by aoesupport | 2012-05-12 10:00 | 活動報告など
GW最後の日曜日の午後に関東をおそった竜巻と落雷は、
各地で大きな被害をもたらしました。
TVで映像を見た方も多いと思いますが、ある意味空からの津波と
いうように見える状況に誠ちゃんと仲間達も動き始めております。
被害範囲は7~8キロにわたるということですが、
東北の津波被害の範囲に比べれば、少ないとも言えます。
サポートチームで何かできる方が、おりましたら連絡とりあっていきましょう。
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日本財団クロさんの情報が一番早そうですが、
誠ちゃんはすでに現地に到着している模様です。
http://blog.canpan.info/coco/

本日朝9:30の情報です
HS神戸の助さんは、茨城県に入りあと100キロです。
ユニックにコンマ15ハサミ積んでます。
宮城山元テラセンのチェーンソーチームも動く予定です。
関東風組、準備中!
石巻ピースボート先遣隊未明つくばに向け行動開始。
石巻まなみ組、調査隊既に現地入り。

《現地情報》
青年会議所JCIが朝から炊き出ししてます。その方と話した感じでは
瓦礫出しはまだ社協がストップかけられているそうです。
瓦礫は道路脇に積まれています。
昼に社協とJCIが炊き出しするので、足が不自由な方たちの所への
配達などで人手が必要になりそうとのこと。
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by aoesupport | 2012-05-07 11:30 | 活動報告など
てきやチームの4月2週にわたるボランティア報告です。

『同苦そして抜苦』
4月14・15日 はじめちゃんと21・22日は やまちゃんと一緒に活動してきました。
14日 朝から夕方までの雨の中、溜池だったところの瓦礫撤去を行いました。
湿地帯のため足場が悪く、油断するとひざまで埋まる中スコップで泥を掘りながら
瓦礫を拾い出して分別する作業でした。今回は常連ボランティアの方たちとの
共同作業で、雨の中泥だらけになりながらの作業にもかかわらず、
みんなが黙々と主体的に動いていて心強さを感じました。
縁があり、出逢ったこの仲間とのこの共同作業ってすごいなって思いました。
15日もお昼まで継続作業をしました。
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21・22日は、側溝の泥出しと水田の瓦礫撤去を行いました。 
ボランティアセンター長の松本さんが、今回も熱く語っていました。
『今 世界中の人たちが、福島がいつどのように復興するのかを注目している。
我々が復興へ向けて瓦礫を撤去し続けることが歴史をつくり動かすことになる。
謙虚に、でも誇りを持って活動してほしい・・・
同苦・・・共に苦しみ共に耐えること、行動に移し、それを続けること、
すなわち、瓦礫を撤去し続けることが「抜苦」となる・・・
福島の人たちが笑顔をとりもどすその日まで(^-^)』
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一年間以上も瓦礫を埋もれさせたままにしていた田畑を、これから
「復興隊」というアルバイトが組織され水田や畑の瓦礫撤去が行われるそうです。
でも・・・聞くところによると、この復興隊は、日給制で、田畑はやるけど、
被災された個人宅や側溝は守備範囲外だそうです。

松本さんが、個人宅周辺を頼まれているところはたくさんあるんだけど
人手が足りなくてねぇと苦笑いしていました。
しかしこのことに関連してかどうかはわかりませんがボラセンは移転を含め、
存続が問われている模様です。行政は・・・

でも自分がやりたいことはひとつのような気がしています。
同苦そして抜苦を胸に共に生き、学び、成長していきたい。
失ったからこそ感じられる、感謝と恵みとよろこびを大切にわかちあい、
より自分らしく生きていけますように。

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常連ボラさんがこんな話しを聞かせてくれました。
やまちゃんと活動した水田の所有者の方のお話しです。
『最初はボラだけで水田の瓦礫撤去を行っていたんだけど、
途中から所有者の方も一緒に加わるようになって、小さい畑を復活させて、
じゃがいもを植えた。自分もそこにかかわれてうれしいと感じている。』と。

22日のお昼の帰り際、その所有者の方がいらしたので挨拶をさせて頂きました。
てきやの手をとり、握手して下さり、『ありがとう』と、てきやは『またきます』と答えました。
場所はいろいろだったけど、今までの風や雪や雨の中での顔の見えなかった作業が
自分のなかですべてつながり、ひっかかっていたものがとれて
軽くなった感じがしてとてもうれしかったです。

これから・・・ボラセンの存続の有無は別にしてもいろいろな意味で
福島は長期戦になると認識しています。
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22日 福島の満開の桜を見上げつつ、
「まだ終われない」 とつぶやく自分がいました。
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by aoesupport | 2012-04-28 23:30 | 活動報告など

こもゆうの記事紹介

やっさんです。

このところブログの更新も滞り申し訳ありません。
震災から1年がたち、こもゆうチームも各自で現地に向かう
ことも多くなっているようで、チームとしてのまとめた活動を
報告する機会が少なくなってきております。

これは同時に何度も繰り返し行く人はいるけれども
新しく行く人が少なくなっているので新鮮な感想や思いなどを
伝えることが少なくなっている事もあらわしていると思います。
そんな気持ちを表したこもゆうの記事をいただきましたので
ここに紹介させていただきます。いつも被災地の事を考えてくれて
ありがとうございます。

「自分が書いた原稿が、「東京税理士界」という新聞に掲載されました。
タイトルの通り、東京の税理士(約21,000人)に向けて
発行している新聞です。自分の書いたページを添付します。」


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by aoesupport | 2012-04-19 19:30 | 活動報告など
3月のてきやチーム活動報告(17・18日) 『当たり前の生活を』

石巻の牡鹿半島の大原での活動はいつものてきやチームの
イッチー、やまちゃん、はじめちゃん、てきやの4人での活動でした。今回は、
1 小形棟梁が建設途中の『十八成浜(くぐなり浜)』での集会所のセメントこね作業のお手伝い。
2 度重なる雪と雨で埋まってしまった谷川洞福寺の側溝の泥出し。
3 和尚さんや洞福寺にお墓参りに見えた方々の水場確保のための沢の整備。を行いました。

建設中の十八成浜の集会所は海を見下ろす高台にあり、棟梁が伝統工法で
作った屋根と室内は木の香りとぬくもりが感じられて、完成すれば住民の
方々のいい憩いの場になりそうです。
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作業は仕事だと鬼になる棟梁に怒られながら、砂と砂利をこねたセメントを
棟梁に手渡して、たぶん靴置き場になるところを均していっていました。
棟梁が、『てきやさん 形になるものを一緒に創れたなぁ(^-^)』 
と言ってもらってじわぁっとうれしかったです。
いつかここで棟梁と一緒に海を眺めながらビールを飲みたいとおもいました。

次は、谷川の洞福寺に移動して側溝の泥出しに着手しましたが出鼻をくじくように
雨が降ってきました。めげずに合羽を着て作業を続けました。
棟梁が「2日はかかる」と言った側溝の泥出しをお昼で終わらせ、
午後は続く雨の中、沢の整備をしました。

洞福寺は水道が通っておらず、沢から引いた水を、お墓参りに使う水や
トイレに使用しています。夏場は、水量が減ると、水の出が悪くなり、
去年から何度か整備させて頂いてきた沢です。
今は雪どけ水等で水量は豊富ですが夏場をにらみ、丹念に岩をどけ、
砂利をすくい、木や葉をどけ水路を作りつつ、4人でさかのぼっていきました。
気がついたら16時近くになっていました。
(日曜日の午前中も沢の整備の仕上げを行いました。)
冷たい雨の中での作業でしたが、和尚さんとお墓参りに来ていた方の
笑顔が見れて、とてもうれしかったです。
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土曜日の夜は、大原浜のがれき撤去・清掃に携わっていた方々の飲み会
がありました。3月15日で終了(予算打ち切り?)したのでお疲れ様会とのことでした。
なじみの方々がたくさん集まって来て、てきやたちもご一緒させて頂きました。
てきやは特に、大原行政区のあべ副区長さんとお話しができました。
副区長さんは、去年、ご自分の畑で有機栽培したおいしいナスを焼いて
ふるまって下さった方で、てきやのように熱苦しくない、とても穏やかな方です。

ただ・・・今もその畑は去年の台風の被害を受けたまま復活していないそうです。平さんの畑も・・・

酒がすすみ、副区長さんがおもむろに、『てきやさん今度一緒に釣りに行こう。』
と言って頂きました。穏やかな笑顔のまま釣りの話をしてくれる中、てきやは、
『まず、畑の復活のお手伝いから先にさせて下さい・・・』 と言うタイミングを計りかねていました

てきやの心の内を察したのか・・・てきやの父親よりちょっとだけ若いかな? 
副区長さんは、まるで父親が息子を諭すように、穏やかな笑顔を絶やさずに、
『これからはゆっくり、ゆっくり、元に戻して行くから・・・
てきやさんは遊びに来てくれるだけでいいんだよ(^-^)・・・』
不覚にもまたてきやは泣きそうになり、やさしさに包まれた気がしました。
今のてきやにはできないけど、棟梁のやさしさや気遣いもそうだけどたぶん、
父親というか、男の人のやさしさってこうなんだろうなって感じました。
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でも、てきやはこう思います。
仮設から出て、ちゃんとした住まいに戻り、畑や田んぼがちゃんと復活して
・・・一年はまだあまりにも早く、短い・・・
どうか少しでもはやく東北の人たちが、当たり前の生活を取り戻せますように
そういうおもいを抱き、てきやはこれからも、大原と福島へ足を運びます。
あれだけの被害からまだ一年しか経っていないんです。
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by aoesupport | 2012-03-24 14:30 | 活動報告など
てきやです。これからも大原と福島で活動を続けます。
福島支援隊  『粛々と・・・そして前へ・・・』
2月25・26日はやまちゃんと一緒に3月3・4日は、1月に一緒に活動した
こもゆうチームの宮澤温子さんと吉田麻衣子さんと、
てきやがカウンセリングの勉強をしている
『東京カウンセリング・スクール=NPO CESC セスク』
http://www.npo-cesc.net/report/index.htm
の江原直輝さんと一緒に再び福島県南相馬市で活動してきました。

2月25日は地震で地割れした民宿の敷地に土を埋める作業を行い、
26日は田んぼのなかのがれき撤去を行いました。

3月3日の土曜日は夜通し運転して朝8時には南相馬市に到着できる予定
だったのに、大雪で東北道が通行止めとなり白河で3時間程身動きが
取れなくなり、夜が明けてしまい、一般道を峠を迂回しつつひたすら走り、
南相馬市に入れたのはお昼前で、午後からしか作業できず物足りなかったです。
その日の午後はは側溝周辺のがれき撤去を行いました。
4日は自転車で津波被害を受けた地区のお宅を回りニーズ聞き取り調査を
行いました。 ただ日曜日だからか、避難している方が多いのか不在の家が多く、
年配の方を数人見掛けて、お二人の方からしかお話が聴けませんでした。
原発の影響で、家族がバラバラになり、いるべき人がいないさびしさが漂っている
と感じられました。 あと、この集落に残られた方のお言葉からは放射能という
言葉が頻繁に出てきました。
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話しを25日に戻します。ボランティアバスツアーで来た3人の方々を交えた、
やまちゃんとてきやの5人での活動でした。
地割れした所へ埋める土と斜面に置いた廃材の木々の運搬があと1時間あれば
終わるとおもっていた時、ボランティアバスツアーで来た3人の方々から一方的に
作業終了を告げられました。
『まだ14時45分・・・しかもバスの出発は今日じゃない。一緒にボランティアセン
ターで1泊するのに・・・なんでこんなに早く・・・あと1時間頑張れば終わるのに・・・』
「てきやチーム」・「こもゆうチーム」だったらこのような形での作業終了は
ありえないのでとてもとても残念に思いました。
逆にまた今まですごくいい仲間に恵まれていたんだなぁと実感できました。

南相馬仲町ボランティアセンター長の松本さんは、繰り返し、
『福島に来て同情で終わらないで欲しい。大切なのは「同苦」
「同苦」とは共に苦しみ、共に耐えること。 そして相手の立場に立って
何を求められているか考えて行動に移してほしい。田んぼの中の小石を
心を込めて取り除く・・・私たちはこうしてここにいる、その行動と存在が
きっと希望になるんだ・・・』と来るたびに熱く語りかけてくれます。
同苦・・・実践するのは難しい面があります。

26日の田んぼのがれき撤去をはじめた頃、田んぼの所有者でない住民
の方が見えて、こう話されました。
『この田んぼは原発に近く、警戒区域に隣接しているし、水はけも良くない。
地区では、埋め立てる方向で考えている。だからがれきを取ってもらっても、
田んぼが復活できるわけではない。来てくれるのはありがたいけど、
共通認識を持って活動してほしい。他にやってほしいところはたくさんある。』
ボラセンに確認し、所有者からは確かに、がれきを取り除いてほしいという
ニーズがあがっているということなので作業を続行することになりました。
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この話に引っかかり、てきやは情けないことに作業する身体の動きが鈍くなっていく
のを感じました。復活する見込みのない田んぼのがれき撤去・・・
自分の中で状況をのみこんで納得するまでしばし時間を要しました。
それは、寒さや雪とのたたかいではなく、自分の内面とのたたかいでした。

作業をしながらいきついた思考は、自分が感じた矛盾や疑問よりも大切なのは、
田んぼだったところが田んぼにならない、やりきれない、かなしいおもいを感じている
のは誰よりも田んぼの所有者だろう・・・田んぼとして復活しなくてもがれきが
放置され続けていたら、なおさらかなしい・・・ 当たり前だったことが当たり前で
なくなってしまったかなしさ・・・ ここも日本のふるさとなんだ・・・
ここまできて、この日の朝に松本さんが語っていたことが少しわかった気がしました。
・・・心を込めて、田んぼの小石を取り除く・・・
        同情ではなく「同苦」・・・共に苦しみ、共に耐えること・・・

そして自分の心の中に「粛々と」ということばが浮かんできました。
やっとすべての迷いや葛藤を振り切り、粛々と前へ進み作業したいとおもいました。
ふとやまちゃんの方へ目をやると、やまちゃんは、初対面のボランティアバスツアー
のボランティアさんと笑いながら田んぼの中にあった大きな石を運んでいました。
やまちゃんがとても頼もしく見えました。やまちゃんを連れてきてよかった・・・(^-^)

25日の土曜日も雪でした。26日は天気予報は晴れのはずなのに雪が降っていました。
雪で白く染まった大地をボランティア達が粛々と動いていました。
降り続く雪が田んぼに落ち、にじんで消えていく・・・
てきやにはそれが福島の大地の涙に見えました。
次に南相馬に来た時は、もっと強い心で粛々と作業したいとおもいます。
もっともっと心を込めて。

てきやこと清田和男
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by aoesupport | 2012-03-10 09:30 | 活動報告など