2011・3・11日に起きた東日本大震災におけるHS神戸とサポートチームの活動報告です


by aoesupport

カテゴリ:活動報告など( 119 )

やっさんです。

実は明日の3月10日は私の誕生日だったりするんです。
去年は10日の晩にはワインでお祝いをして幸せでした。
まさか次の日に、あんな地震が起こり、たまたま出かけていた
東京ビックサイトで被災して、新橋で帰宅困難者として
最初のボランティア活動で新橋の避難所で手伝おうとは。
まるで昨日のことのように思い出されます。

11日にどんな過ごし方をするかは、それぞれですが
サポートチームからはこの1年間活動を続けていた
こもゆうチームの活動報告書を2冊分、PDFとしてお見せします。
こもゆうをリーダーとする、こもゆうチームは実働部隊として
本当に1年間がんばってくれました。大原という定まった地区での
継続した支援は、ただのボランティアとは違う関係性を産み出してくれました。
そんな活動をまとめたものが以下のPDFになります。
ゆっくりと読んでみてください。



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by aoesupport | 2012-03-09 22:30 | 活動報告など
いつもいろいろありがとうございます。2月4、5日のてきやチーム活動報告です。

『金華山へ そして  縁  』

いつもの活動場所である石巻牡鹿半島大原から車で
約20分の鮎川浜からさらに船で約20分のところに金華山はあります。
まだこの2月も去年の地震・津波・台風の傷跡が残っており
ところどころ道が崩れ石塔が倒れたままになっていました。

去年から吉村誠司氏も継続的に支援していたところです。
http://www.supernews-clip.cx/v/?mid=96ea64f3a1aa2fd00c72faacf0cb8ac9
(パソコンかスマートフォンならフジテレビで放映された画像が見れるかもしれません。)

てきやは、こもゆうチームのみっちゃんと里香さんと大原の人たちと
1月に初詣に行きました。 鹿の多さと、ところどころ倒れたままの
石塔や崩れた地形や破損した箇所のある参道が印象的でした。
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そして2月、今回の作業はゴミ捨て場までの道が昨年9月の台風の影響で、
でこぼこになり車が通れず片付けが進まないとのことで道の補修を
行わせて頂きました。船着き場に積んである重い小石の入った土嚢袋を
小型の重機で持ち上げダンプに積んで運び窪んだところへ撒いてならす作業でした。
てきやチームの精鋭のイッチー、はじめちゃん、やまちゃん、
てきやに加えて、誠ちゃんと一緒にフジテレビのニュースに出ていた
金華山の職員の日野さんとプラス2名の金華山神社の職員の方々と
一緒の作業となり、思ったより大切な作業であったことを感じました。

ゴミ捨て場まで車が通れるようになり日野さんが、『これで割れたガラスを
やっと運べます。』 と言って頂き、てきやもホッとしました。
土曜日の午後から雪となり日曜日の朝には積もっていたのでお昼まで
神社社周辺の雪かきを行いました。
日野さんの、 『まだまだやることがいっぱいあります。』
という言葉に復興の道のりの長さを感じました。
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日曜日、大原へ戻れたのは15時近くでした。区長さんと小野寺さんと挨拶し、
月曜日の仕事に備えて東京へ急いで帰らなけばならない時間でした。
高橋さんとも挨拶だけでもと仮設の前で待ち合わせて、
『今度は大原でゆっくり・・・』という言葉を交わし大原を後にしました。

私はこの地とこの人々との縁を大切におもっています。

縁・・・1月に金華山へ初詣に行った日に高橋さんの仮設に泊めてもらい、
いろいろな話をさせて頂いた翌日は、小形棟梁に会いに行きました。
以前棟梁が創った建物の写真を見せてくれました。棟梁の自慢の作品
だったそうです。津波で流されてしまったとのことでした。
てきやは棟梁が写真を見せてくれたこのひとときを忘れたくないとおもいました。

棟梁がおもむろに、『てきやさん、行こう』と言われ棟梁のトラックに乗りました。
棟梁の自慢の建物があったところでした。そこは、海が正面にあり、
津波で集落ごと流され、今は荒れ地が広がっていました。
てきやは棟梁が連れて来てくれたことにうれしく、ありがたいとおもい、
棟梁のかなしみを一生懸命感じようとしていました。
さっき見せてもらった写真と重ね合わせて、真剣に土地と海を見つめ、
この地の空気を感じ、目に焼き付けて、自分の心と身体に棟梁の
かなしみを刻みつけようと海を見つめ続けました。

ときどき棟梁の声がきこえてきました。
『オレが創った(建物)のは今は海の底だ』
『津波はおっかなかった』
『たまにひとりでここにくるんだ』
長いか短いかわからない時がすぎた帰りの車で棟梁がしみじみ、
『人は生まれたところで生きてそこで死にたいとおもうのに、
ふるさとすらなくなってしまった。津波はおっかない。』
と言っていたのが印象的でした。
このひとときは忘れられないし、忘れたくない、この地と人々に
より強い縁を感じたひとときでした。
今回の津波と地震によってひとりひとりの方の心にはいろいろなものが
刻みこまれていて・・・たまたま私は、触れさせて頂けたんだなと実感しました。

ここに来れて、私は縁とつながりとわかちあうことの大切さを実感できました。
がれきはなくなっても、縁とかかわりは、まだはじまったばかりのようにおもいます。
最後に私は、ここに来させてもらったこと自体に感謝しています。
カンパを下さった方々、活動紹介をして下さった方々、コメントを寄せて下さった
方々、仲間や職場の人たちの気遣いに心から感謝しています。
ありがとうございます。

てきやこと清田和男
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by aoesupport | 2012-02-20 23:00 | 活動報告など
吉村誠司報告会の日に、てきやチームは定例派遣の日程でした。
いつもの大原では実作業がないということで、体を動かしたい
てきやさんはまだ力仕事の残っている南相馬市に4名で向かいました。
地域は違えど、地震津波・そして原発の被災地ではありますので、
こちらで、報告させていただきます。
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皆様、今年は大原の人たちとの出逢いとかかわりを誠実に(^-^)大切にしつつ、
福島でも活動するつもりでおります。今年も昨年と変わらぬ活動への
ご理解とご協力を頂けましたらありがたく思います。
よろしくお願い致します。

1月のてきやの活動報告です。 読んで頂けたらうれしいです。

『顔が見えないからこそ』
1月28・29日 新年の活動を福島からはじめました。メンバーは、
こもゆうチームから宮澤温子さん、吉田麻衣子さん、てきやが
カウンセリングの勉強をしている『東京カウンセリング・スクール=NPO CESC セスク』
http://www.npo-cesc.net/report/index.htmから
江原直輝さんも加わって4人で福島県南相馬仲町ボランティア活動センターへ向かいました。

28日(土)は原町区雫(しどけ)地区の側溝の泥だしを、29日(日)の午前中は、
津波の被害にあわれたお宅の瓦礫の片付け(主に瓦の収集)を行いました。
まず印象的だったのは福島はまだ瓦礫撤去と泥だしが
こんなに残っているのか・・・と思いました。
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原町区雫地区・・・原発から21~22キロ離れたところだそうです。
近くに海が見えました。『住宅街だった』と聞きましたが今はただ
枯れ草が目立つ荒野が広がっていました。
久しぶりにスコップを握れたことはうれしかったのですが・・・・・
いくつかの疑問を抱きながらの作業でした。
ここに住んでいた方々は今どちらに?仮設?県外? 
海と原発に近すぎるこの地はこれからどうなるのだろうか? 
この側溝の泥だしは意味があるのかな?
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石巻なら作業の途中で住民の方々とのかかわりがなにかしらあったなぁ・・・
住民の方の顔が見えない・・・
空と海は青く、風は強く冷たかったです。
そして地はかなしみがとてもふかいように感じました。

雪が残る帰り道を運転しながら、今回活動した場所に
せめて花が咲いてほしいなとおもいました。
住めなくなってしまったふるさとがいつかまた復活しますように
これからも同じ日本の地である福島に目と足と心を向けていきたいとおもっています。
そしてまたこの地に来ようとおもっています。
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てきやこと清田和男
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by aoesupport | 2012-02-05 10:30 | 活動報告など
やっさんです。

告知の通り、1月29日日曜日に東京は立川の日本聖公会立川パトリック教会
において吉村誠司さんの講演会・支援コンサート・サポートチーム座談会の
コラボ企画が無事に終了しましたのでご報告します。

もともと、サポートチームの母体であるASIA OPEN EYES(AOE)は
東南アジアでの交流ボランティア活動をキリスト教会の関係を元に
活動しておりました。この立川教会はその当時の活動の中心地であり、
吉村助さんを長年支援し続けてくれている教会です。
今回、8回目となる震災復興支援コンサートが行われるということで、
吉村誠司さんの講演会とあわせて吉村助さんDAYとなりました。

午前中の礼拝のあと30分の吉村さんの基調講演がありました。
震災直後から今、そしてこれからを端的にまとめた講演となりました。
この講演を聞くために、教会員以外の方も多く参加してくれました。
サポートチームからもこもゆうチームやAOEメンバーなどが参加しました。
昼食をとりながら、柳沢のんちゃんによる、活動報告会もあわせて行われました。
映像やスライドを交えて、参加者のみなさんにも東日本大震災の
被害の大きさや復興支援活動の意義などが伝わったと思われます。

午後からは復興支援コンサートVol.6オリジェム フルートアンサンブル
による演奏がおこなわれました。フルートの音の高低で5種類以上の
フルートを駆使した演奏に50名以上の人が集まりました。
震災復興支援ということを意識した見上げてごらん夜の星をの演奏は
特に心を打つものがあり、アンコールでは会場の全員で合唱するほどでした。
2時間弱のコンサートの後、誠ちゃんもあいさつして無事に終了です。

その後は、サポートチーム座談会ということで、これからを考える時間を
持ちました。こもゆうチームから4人、AOEからも5人、他の関係から
数名で、1時間ほど話をしました。なかなか結論的なものは出ませんでしたが、
サポートチームとしては、支援目標を決めて、その実現のための時期を定め、
協力体制を作っていくという作業が必要であろうということになりました。
このことに関しましては、今後皆様にも問いかけさせていただきたいと思います。

7時過ぎから、西国立の居酒屋で打ち上げとなり、AOEメンバーが3人加わり、
いろいろな話で盛り上がりました。震災を考えることも、被災地を想うことも、
こうして馬鹿話をすることも、すべてふくめて人生なのかもしれません。
ただ、自分の人生の中で、震災がなければ会うこともなかった人と出会えたこと、
その人たちのために、何かできないだろうかと考え行動すること、
こんなことは、悲しい震災の中でも、うれしいことのひとつかもしれません。

オリジェムフルートアンサンブルが中越地震のときに、我々を励まし続けた
あの「ジュピター」を演奏してくれました。
その演奏をYoutubeにUPしましたのでご覧ください。

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by aoesupport | 2012-01-30 09:30 | 活動報告など
やっさんです。

1月も後半にさしかかり少し落ち着いてきた皆様にお知らせです。
吉村誠司・助さんの東日本大震災支援活動報告会&座談会を
東京は立川で行います。以下詳細になりますので、ぜひ多くの方に広めて
大勢で参加していただければと思います。
1日午前中から夜まで、様々なプログラムが重なって行われますので
お時間の都合のつく時に参加することができます。
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吉村誠司さん、立川St.パトリックで東日本大震災を語る会
~ともに歩んだ仲間と、これからの道を考える集い~


2012年1月29日(日曜日)
東京都立川市 日本聖公会 立川聖パトリック教会にて
場所のURL
http://www.nskk.org/tokyo/church/patrick/patrick/page007.html

・・・当日の予定・・・

AM10:30~教会でのミサ(聖餐式)司式吉村庄司先生
ミサ終了後AM11:20頃より、吉村誠司さん基調講演(30分程)

昼食をとりながら、懇親会とサポートチームの活動発表など
(昼食は教会名物カレーとトン汁の予定)

PM2:00~ 震災復興支援コンサート
オリジェム・フルートアンサンブル  入場料2,000円
(コンサート収益はヒューマンシールド神戸に寄付されます)

コンサート終了後PM3:15頃から
サポートチームメンバー他参加者の皆様で、
東日本大震災のこれからを考える座談会
教会の中のミーティングルームにて。

夕方より立川か国立で懇親会(飲み会)

昼食準備や色々なお手伝いをしてくれる方、大募集しますので、
当日10時ごろまでに教会に来てくれると助かります。

当日連絡先
安岡やっさん 09098245397
柳澤のんちゃん 08041633982
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by aoesupport | 2012-01-23 17:00 | 活動報告など
やっさんです
サポートチームの皆様、2012年を迎えることができました。
おめでとうございます、という言葉はたとえ身内に不幸がなくても
今年はあまりふさわしくないかと思い、今年もよろしくお願いします。
の挨拶にとどめている感じの新年です。

そのお正月に早速牡鹿半島大原参りをしてきましたてきやさんから
報告がありましたので、写真とともにお知らせします。
今年もてきやチームは活動を継続していくとのことですので
皆様応援よろしくお願いします。

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元旦夜から3日まで、カメラマンの小西兄貴とちせちゃんと一緒に
大原へおじゃましてきました。
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大原三熊野神社
ライトアップされていてきれいでした。傷だらけの本堂が痛いけど、
大原の人たちと一緒に再建に携わりたいと強く想いました。
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1月2日
大原の人たち、炊き出しボラと常連ボラが集まり賑やかで楽しい宴の時でした。
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今年の夏祭りへ向けて神社を部分的に改修していく予定だそうです。
再建資金が不足しています。
ご協力できる方は是非よろしくお願い致します。

てきや
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by aoesupport | 2012-01-05 14:30 | 活動報告など
12月のてきやチーム活動報告

『汲めども尽きぬ・・・・・・・』
今回のメンバーは、てきやチームからイッチー、はじめちゃん、やまちゃん、
みっちゃん、AOEのカッキーさん、カメラマンの小西兄貴、てきやの7人
それとプラス千世ちゃんと大原の人たちで活動しました。

土曜日は、来年の3月いっぱいで大原災害対策本部の解散に伴い、
吉村誠ちゃん管轄の元、ボランティアの活動拠点として位置付け
られている空き家の片付けを行いました。
夜は、はじめちゃん創作の『トマト入りおでん』が好評でした。
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日曜日は、仮設住宅の壁にクリスマスイルミネーションの装飾の
お手伝いをしました。 瓦礫の撤去や泥出しの方が似合う男たちが、
慣れない手つきで飾り付けの配置を考えながら、ハートの照明も
やまちゃんが型どり、『夜の点灯が楽しみだね』
と仮設住宅に住んでいるの人たちと笑顔で語らいました。
こんな時間もいいなぁと感じた楽しいひとときでした。
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小西兄貴が大原へ正月に挨拶に行く話しをしていて『てきやさんも
正月においで』という話しになり、正月は大原へ遊びに行くことにしました。
いつも手料理を作ってくれる平さんが、仮設住宅に泊めて頂き、
料理を作って下さるそうです。 寒いけど心は暖かい、
楽しい日本酒まみれのお正月になりそうです。

あと、今回、てきやはこもゆうチームの人たちがよく招かれている
お宅に初めておじゃましました。そこの家族の人から、震災直後から
今の気持ちを伺いました。 『こんなに素直な気持ちのこもった話を
自分なんかが聴かせてもらっていいのかな』って戸惑いながらそこにいました。
守秘義務があるので内容は伝えられませんが、今回の津波による
喪失感の大きさにただとまどい、話してもらえたことを噛み締めて、
今後も活動を続けていきたいと改めておもいました。

こうして石巻の牡鹿半島の大原の人たちと過ごせる時間が
とてもいとおしいと感じている自分がいます。
そして・・・関係者各位及びてきやチームへカンパ及び心を
寄せて頂いている方たちとこれを読んで頂いているすべての方たちへ

『・・・みんないなくなっちゃったんだ・・・』 今回てきやが聴いた言葉です。

瓦礫は1箇所に集められ、壊れた家も取り壊され、更地が目立つようになりました。
そこには、汲めども尽きぬ憂いやかなしみが横たわっています。
瓦礫や泥だしの撤去は終わろうとしています。でも、だから、終わりなんだ、
解決したんだってどうか思わないで下さい。自分の力は微力だけど
もっともっと話を聴きたい、そうおもいはじめている自分がいます。

汲めども尽きぬ憂いやかなしみに・・・心の傷の深さに、さみしさや孤独に・・・
自分はこれから何ができるだろう・・・


瓦礫の撤去や泥出し、家の片付けはなくなっても、それ以上に
大切なかかわり続けること、話を聴くこと、共に生きること、
心のいたみやよろこびやかなしみをわかちあうこと、
そういうことの大切さを自分は今実感しています。
この活動を通して自分は、大切にしたいことや人にめぐりあい、
心のつながりの大切さを改めて学んだような気がします。
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そして・・・出逢い、かかわり、また会いに行ってかかわるというプロセスを
僕は大切にしたいので、来年もしばらく活動を続けます。
どうかこれからも活動へのご理解ご協力をよろしくお願い致します。

てきやこと清田和男
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by aoesupport | 2011-12-26 23:50 | 活動報告など
やっさんです。
早いものでもう12月になりました。今年もあと一月で終わりです。
3月の大震災以来、なんとも大変な年になりましたが、
それでも、我々は元気に生活できております。
放射能で体を壊したわけでもなく、日本全体の経済が落ち込んで
生活できなくなったわけではなく、きちんと生きております。
そうならば、この大地震で被災した人々に、もう少しだけでも
目を向けて、力を与える事はできないかと考えています。
あと一ヶ月の2011年はまだ動き始めるチャンスがあります。
てきやさんチーム11月末の活動報告です。
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高橋さん実家片付け隊(てきやチーム)
『引き継がれていく想い』
11月26日 こもゆうチームからバトンを受け継ぎ、
大原の高橋さんの実家の片付けを行ってきました。(ほぼ終了)
今回のメンバーは、男性陣がてきや、イッチー、はじめちゃん、
やまちゃん、斎藤さん、みなみさん。女性陣が宮澤さん、みっちゃん、
ひじこちゃん、かとちゃん、あきのさんの計11人でした。
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室内から運び出したものをある程度分けていたのですが、
高橋さんが集積所に持って行ったところ、分別不十分で受け取って
もらえなかったとのこと、細かい分別作業を手分けして行いました。
内容的には決して面白くはない作業ですが、冗談を言い合いながらの
高橋さん入れて12人での仕分け作業はとても楽しくて、時間が
過ぎるのも早く感じました。大人数ということもあり、作業も早く終わり、
帰りは高橋さんが明治村に連れて行って下さり観光案内もしてくれました。
もうボラではなく、お互い仲間としてかかわれるようになったことがとてもうれしかったです。
紅葉もきれいでした。

夜は、大原の人たちとおそらく最初で最後の女性が5人もいるという
(いつもとは違う)てきやチームの華やかな雰囲気の中で、
てきやは、おがた棟梁と静かに語り合う機会を持てました。
「てきやさんに孫ができた時、大きな地震と津波が起きたけど、
俺と一緒に神社を復興したんだと、てきやさんの孫に一緒に語ろう。
てきやさん、これからも来てくれっちゃ・・・」
そんなおがた棟梁のことばに不覚にも、てきやは涙を流してしまいました。
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棟梁の顔に刻まれたしわと、やさしそうで、かなしそうで、
でも、強い眼差しを見つめながら、てきやはこう想いました。
『これからまた災害が起こるかもしれない・・・でも・・・壊されても、
失っても、みんなで力と心を合わせて、立て直していけばいいんだ!!』
そして・・・きっと、棟梁やてきやがいなくなったとしても、この想いは、
てきやの孫の世代まで引き継がれていくものと、今は確信しています。

壊されても、失っても、みんなで力と心を合わせて、立て直していけばいいんだ!!
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by aoesupport | 2011-12-01 10:30 | 活動報告など
こもゆうの友人で、現在ラオス在住で一時帰国の際に
先月大原での活動に参加してくれた平野さんからの感想です。
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日本一時帰国時に参加させていただきました、ラオスの平野です。
遅ればせですが、感想を書かせていただきます。
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①行き/帰り
見送りの方が4名いて、チームの結束を感じました。
金曜の夜という素敵な時間に、わざわざ見送りに来てくれるわけですから。

行きの運転ですが、私もしようかとも思ったのですが、夜は、ということで
結局最後まで小森一人でした。私は助手席でたまに落ちながらもなんとか
話かけたりしたのですが、大変だったと思います。お疲れ様。
着いたのは朝4時くらいでしょうか、数時間でも畳で眠れたのでよかったです。
帰りは私もいくらか運転しました。その後れいこさんなど小森以外の運転比率が
上がっているみたいですね。できるだけそうであるとよいと思います。
個人差がありますが、やはり運転も疲れを感じさせますので。

②作業日
側溝の掃除ですが、雨もありそう作業量(時間)はあまり多くなかったのですが、
けっこうきつかったです。普段ラオスで運動はしているのですが、腰を落として
側溝を持ち上げる作業は日常の運動で経験するものではなく、帰京後もしばらく
太ももが張っていました。
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雨の中作業をしていると、小野寺さんに「ボランティアに風邪ひかせたら、
大原の笑いものになる」と言われ、撤収しました。元々区長さんなども
「今日は作業はいいんじゃない」と言っており、私たちは「これくらいの
雨大丈夫ですよ」と繰り出したという経緯でした。
別に小野寺さんが本当に怒っていたわけではなく、私たちを心配して
言ってくれのだと思いますが、「あーでも田舎ではそういう周りの目って
本当に気にするのかもなー」と、都会育ちの私にはちょっと勉強に
なった(?)一件でした。それはそれとして、雨の中もみなさんよく
働いており、イキイキとしていました。

作業についてもっと言うと、まあ、語弊を恐れずに言えばそれほど期待
されていないという感もあります。こもゆうチームが来ることを楽しみに
しており、切実に「ここでこういう作業をしてくれ」という感じでは
ないでしょう。ただし、もちろんやることは沢山ありますし、
実際高橋さんのお宅では作業を期待されていたようですから、
「作業に行く」という基本は変わりませんが。

今回非常に感じたのは、「若い人が来るって本当にいいんだろうな」
ということでした。とはいえ私と小森は今年で37歳、他のメンバーの
方も20代の方はいなかったと思うので、一般的に見てとても若い、
というわけではありませんでした。しかし大原のような過疎の
村からみたら、みな息子娘程度なわけですから、やはり賑やかだし、
華やかだし、活気づくのだと思います。また、年配のみなさんは、
大原の比較的若い人たちと我々が交流することを喜んでくれている
みたいでした。そういうわけで、年配の方々ももちろんではあるのですが、
特に若い人たちに、「大原に行こう!あなたが来るだけで、大原は少し
明るくなる!」と呼びかけたい感じです。

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こんなに仲良くなってしまってりけど、永久に続けられるわけではない、
今後どうなるのだろう?などという風にも少し考えましたが、
なるようになるだけでしょうね。大原のみなさんは人生経験豊かな
大人たちですから、そういうことは分かっているでしょう。
いつか寂しく思う日も来るかも知れませんが、
「だったらこもゆうチームなど初めから来ないほうが良かったのか?」
と聞かれれば、「そんなことはない、来てくれて良かった」
と言ってもらえるだけの関係になっていると思います。
平さんの料理も美味しく、みなさんと飲むラオス焼酎はまた違う味がしました。
また行けたらと思います。             平野
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by aoesupport | 2011-11-17 22:30 | 活動報告など
高橋さん実家片付け隊

11月5日、石巻大原でいつも親切にして頂いている高橋さんの
実家の片付けの手伝いをしてきました。
この日のメンバーは、荒木はじめちゃん、カメラマンの小西兄貴、
こもゆうチームの宮澤さん、てきやでした。
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地震で崩れてしまった実家の取り壊しに伴い、家財道具を外へ出していく
作業でした。 途中、引っ越しの手伝いと錯覚しましたが、取り壊すために、
捨てるために物を外へ出して行くという点で似て非なる作業でした。
高橋さんが、明るかったので、作業中は楽しかったです。

大原に戻っても、いつものようにお肉をご馳走してくれて、一緒においしいお酒を
飲みました。 何度もてきやの手を握りしめ、ありがとうと言って下さったことが
印象的でした。 いつものように最後まで明るかった高橋さん。
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家に帰ってしばらく、いろいろ感じ、考えるところがありました。

家が地震で住めなくなり、置いていた軽トラックとバイクと家の現金も
盗まれてしまったそうです。 大原の家も流されて、養豚業のお仕事を
されながら、ボランティアに肉を差し入れしてくれて、共に酒を飲み、
『・・・みんなに逢えてよかった・・・』と何度も語りかけてくれた高橋さん・・・

この状況、自分だったら、耐えられなかったかもしれない・・・

相田みつを美術館で見つけて、自分がかなしい時に思いだすことば
『・・・君看よ双眼のいろ 語らざれば憂い無きに似たり・・・』
を何度もつぶやいていました。

『かなしいけどあたたかい』 今はそんなふうに感じています。

まだ壊れた家がたくさんある。 がれきは減り、さら地が増えた。 
それは、復興というより、住んでいた家がなくなり家族が
散り散りになったことを現しているように思います。
どうかかわっていけばいいかわからないけど、かかわりは
これからともおもいます。
自分はまだこの活動にピリオドが打てない・・・


・・・澄んだ眼の底にあるふかい憂いのわかる人間になろう
重いかなしみの見える眼を持とう 君看よ双眼のいろ
語らざれば憂い無きに似たり 語らざれば憂い無きに似たり
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by aoesupport | 2011-11-15 21:30 | 活動報告など