2011・3・11日に起きた東日本大震災におけるHS神戸とサポートチームの活動報告です


by aoesupport

<   2012年 03月 ( 6 )   > この月の画像一覧

3月のてきやチーム活動報告(17・18日) 『当たり前の生活を』

石巻の牡鹿半島の大原での活動はいつものてきやチームの
イッチー、やまちゃん、はじめちゃん、てきやの4人での活動でした。今回は、
1 小形棟梁が建設途中の『十八成浜(くぐなり浜)』での集会所のセメントこね作業のお手伝い。
2 度重なる雪と雨で埋まってしまった谷川洞福寺の側溝の泥出し。
3 和尚さんや洞福寺にお墓参りに見えた方々の水場確保のための沢の整備。を行いました。

建設中の十八成浜の集会所は海を見下ろす高台にあり、棟梁が伝統工法で
作った屋根と室内は木の香りとぬくもりが感じられて、完成すれば住民の
方々のいい憩いの場になりそうです。
b0213209_14313481.jpg

作業は仕事だと鬼になる棟梁に怒られながら、砂と砂利をこねたセメントを
棟梁に手渡して、たぶん靴置き場になるところを均していっていました。
棟梁が、『てきやさん 形になるものを一緒に創れたなぁ(^-^)』 
と言ってもらってじわぁっとうれしかったです。
いつかここで棟梁と一緒に海を眺めながらビールを飲みたいとおもいました。

次は、谷川の洞福寺に移動して側溝の泥出しに着手しましたが出鼻をくじくように
雨が降ってきました。めげずに合羽を着て作業を続けました。
棟梁が「2日はかかる」と言った側溝の泥出しをお昼で終わらせ、
午後は続く雨の中、沢の整備をしました。

洞福寺は水道が通っておらず、沢から引いた水を、お墓参りに使う水や
トイレに使用しています。夏場は、水量が減ると、水の出が悪くなり、
去年から何度か整備させて頂いてきた沢です。
今は雪どけ水等で水量は豊富ですが夏場をにらみ、丹念に岩をどけ、
砂利をすくい、木や葉をどけ水路を作りつつ、4人でさかのぼっていきました。
気がついたら16時近くになっていました。
(日曜日の午前中も沢の整備の仕上げを行いました。)
冷たい雨の中での作業でしたが、和尚さんとお墓参りに来ていた方の
笑顔が見れて、とてもうれしかったです。
b0213209_1432682.jpg

土曜日の夜は、大原浜のがれき撤去・清掃に携わっていた方々の飲み会
がありました。3月15日で終了(予算打ち切り?)したのでお疲れ様会とのことでした。
なじみの方々がたくさん集まって来て、てきやたちもご一緒させて頂きました。
てきやは特に、大原行政区のあべ副区長さんとお話しができました。
副区長さんは、去年、ご自分の畑で有機栽培したおいしいナスを焼いて
ふるまって下さった方で、てきやのように熱苦しくない、とても穏やかな方です。

ただ・・・今もその畑は去年の台風の被害を受けたまま復活していないそうです。平さんの畑も・・・

酒がすすみ、副区長さんがおもむろに、『てきやさん今度一緒に釣りに行こう。』
と言って頂きました。穏やかな笑顔のまま釣りの話をしてくれる中、てきやは、
『まず、畑の復活のお手伝いから先にさせて下さい・・・』 と言うタイミングを計りかねていました

てきやの心の内を察したのか・・・てきやの父親よりちょっとだけ若いかな? 
副区長さんは、まるで父親が息子を諭すように、穏やかな笑顔を絶やさずに、
『これからはゆっくり、ゆっくり、元に戻して行くから・・・
てきやさんは遊びに来てくれるだけでいいんだよ(^-^)・・・』
不覚にもまたてきやは泣きそうになり、やさしさに包まれた気がしました。
今のてきやにはできないけど、棟梁のやさしさや気遣いもそうだけどたぶん、
父親というか、男の人のやさしさってこうなんだろうなって感じました。
b0213209_14322625.jpg

でも、てきやはこう思います。
仮設から出て、ちゃんとした住まいに戻り、畑や田んぼがちゃんと復活して
・・・一年はまだあまりにも早く、短い・・・
どうか少しでもはやく東北の人たちが、当たり前の生活を取り戻せますように
そういうおもいを抱き、てきやはこれからも、大原と福島へ足を運びます。
あれだけの被害からまだ一年しか経っていないんです。
[PR]
by aoesupport | 2012-03-24 14:30 | 活動報告など
やっさんです。

もう土曜日の夜ですが、今頃はてきやさんチームのメンバーが
石巻牡鹿半島の大原で楽しく語らっているころでしょう。
先週の震災1年目の週はへんたいくんがリーダーとなり
こもゆうチームで大原に向かい、今週もてきやさんチームが行くという事で、
寒かった冬の活動を自粛している時期から、確実に春が近づいている
ような気がします。4月になれば、こもゆうリーダーも再び大原に向かうという事で
また昨年と同じような活動を続けて行きたいということです。

しかし、現実は高速道路の無料化措置も3月31日までで法令上は
打ち切りになります。往復で数万円の負担が増える事で、
ボランティア活動支援も観光支援も減っていく事は目に見えております。
サポートチームのメンバーはそれでも、自腹を切りながら現地に向かうとは
思いますが、継続には様々な協力が必要になってくると思われます。

今ここから何ができるのか、もう一度各自が自分に問いなおしてみる
時ではないかと思います。これから何ができるのか?いっしょに考えましょう。
[PR]
by aoesupport | 2012-03-17 22:31 | 今週の予定

あの時の1年目を迎えて

やっさんです

2011年3月11日14:46分、あの時を迎えようとPCの前におります。
ブログ発信が私の職務ではなく、本当はもっと現地で活動したかったのですが、
訳あって、6月より後方支援に徹する事になり、ブログマスターとして
今日もブログにてあの時を語っております。

1年は突然亡くなった家族や友人に対して、心が納得するには短すぎる日数です。
時間はかかるとは思いますが、いつかはみんなに笑顔が戻ってきますように。

合掌
[PR]
by aoesupport | 2012-03-11 14:46 | ありがとう!
てきやです。これからも大原と福島で活動を続けます。
福島支援隊  『粛々と・・・そして前へ・・・』
2月25・26日はやまちゃんと一緒に3月3・4日は、1月に一緒に活動した
こもゆうチームの宮澤温子さんと吉田麻衣子さんと、
てきやがカウンセリングの勉強をしている
『東京カウンセリング・スクール=NPO CESC セスク』
http://www.npo-cesc.net/report/index.htm
の江原直輝さんと一緒に再び福島県南相馬市で活動してきました。

2月25日は地震で地割れした民宿の敷地に土を埋める作業を行い、
26日は田んぼのなかのがれき撤去を行いました。

3月3日の土曜日は夜通し運転して朝8時には南相馬市に到着できる予定
だったのに、大雪で東北道が通行止めとなり白河で3時間程身動きが
取れなくなり、夜が明けてしまい、一般道を峠を迂回しつつひたすら走り、
南相馬市に入れたのはお昼前で、午後からしか作業できず物足りなかったです。
その日の午後はは側溝周辺のがれき撤去を行いました。
4日は自転車で津波被害を受けた地区のお宅を回りニーズ聞き取り調査を
行いました。 ただ日曜日だからか、避難している方が多いのか不在の家が多く、
年配の方を数人見掛けて、お二人の方からしかお話が聴けませんでした。
原発の影響で、家族がバラバラになり、いるべき人がいないさびしさが漂っている
と感じられました。 あと、この集落に残られた方のお言葉からは放射能という
言葉が頻繁に出てきました。
b0213209_1065779.jpg

話しを25日に戻します。ボランティアバスツアーで来た3人の方々を交えた、
やまちゃんとてきやの5人での活動でした。
地割れした所へ埋める土と斜面に置いた廃材の木々の運搬があと1時間あれば
終わるとおもっていた時、ボランティアバスツアーで来た3人の方々から一方的に
作業終了を告げられました。
『まだ14時45分・・・しかもバスの出発は今日じゃない。一緒にボランティアセン
ターで1泊するのに・・・なんでこんなに早く・・・あと1時間頑張れば終わるのに・・・』
「てきやチーム」・「こもゆうチーム」だったらこのような形での作業終了は
ありえないのでとてもとても残念に思いました。
逆にまた今まですごくいい仲間に恵まれていたんだなぁと実感できました。

南相馬仲町ボランティアセンター長の松本さんは、繰り返し、
『福島に来て同情で終わらないで欲しい。大切なのは「同苦」
「同苦」とは共に苦しみ、共に耐えること。 そして相手の立場に立って
何を求められているか考えて行動に移してほしい。田んぼの中の小石を
心を込めて取り除く・・・私たちはこうしてここにいる、その行動と存在が
きっと希望になるんだ・・・』と来るたびに熱く語りかけてくれます。
同苦・・・実践するのは難しい面があります。

26日の田んぼのがれき撤去をはじめた頃、田んぼの所有者でない住民
の方が見えて、こう話されました。
『この田んぼは原発に近く、警戒区域に隣接しているし、水はけも良くない。
地区では、埋め立てる方向で考えている。だからがれきを取ってもらっても、
田んぼが復活できるわけではない。来てくれるのはありがたいけど、
共通認識を持って活動してほしい。他にやってほしいところはたくさんある。』
ボラセンに確認し、所有者からは確かに、がれきを取り除いてほしいという
ニーズがあがっているということなので作業を続行することになりました。
b0213209_1074376.jpg

この話に引っかかり、てきやは情けないことに作業する身体の動きが鈍くなっていく
のを感じました。復活する見込みのない田んぼのがれき撤去・・・
自分の中で状況をのみこんで納得するまでしばし時間を要しました。
それは、寒さや雪とのたたかいではなく、自分の内面とのたたかいでした。

作業をしながらいきついた思考は、自分が感じた矛盾や疑問よりも大切なのは、
田んぼだったところが田んぼにならない、やりきれない、かなしいおもいを感じている
のは誰よりも田んぼの所有者だろう・・・田んぼとして復活しなくてもがれきが
放置され続けていたら、なおさらかなしい・・・ 当たり前だったことが当たり前で
なくなってしまったかなしさ・・・ ここも日本のふるさとなんだ・・・
ここまできて、この日の朝に松本さんが語っていたことが少しわかった気がしました。
・・・心を込めて、田んぼの小石を取り除く・・・
        同情ではなく「同苦」・・・共に苦しみ、共に耐えること・・・

そして自分の心の中に「粛々と」ということばが浮かんできました。
やっとすべての迷いや葛藤を振り切り、粛々と前へ進み作業したいとおもいました。
ふとやまちゃんの方へ目をやると、やまちゃんは、初対面のボランティアバスツアー
のボランティアさんと笑いながら田んぼの中にあった大きな石を運んでいました。
やまちゃんがとても頼もしく見えました。やまちゃんを連れてきてよかった・・・(^-^)

25日の土曜日も雪でした。26日は天気予報は晴れのはずなのに雪が降っていました。
雪で白く染まった大地をボランティア達が粛々と動いていました。
降り続く雪が田んぼに落ち、にじんで消えていく・・・
てきやにはそれが福島の大地の涙に見えました。
次に南相馬に来た時は、もっと強い心で粛々と作業したいとおもいます。
もっともっと心を込めて。

てきやこと清田和男
[PR]
by aoesupport | 2012-03-10 09:30 | 活動報告など
やっさんです。

実は明日の3月10日は私の誕生日だったりするんです。
去年は10日の晩にはワインでお祝いをして幸せでした。
まさか次の日に、あんな地震が起こり、たまたま出かけていた
東京ビックサイトで被災して、新橋で帰宅困難者として
最初のボランティア活動で新橋の避難所で手伝おうとは。
まるで昨日のことのように思い出されます。

11日にどんな過ごし方をするかは、それぞれですが
サポートチームからはこの1年間活動を続けていた
こもゆうチームの活動報告書を2冊分、PDFとしてお見せします。
こもゆうをリーダーとする、こもゆうチームは実働部隊として
本当に1年間がんばってくれました。大原という定まった地区での
継続した支援は、ただのボランティアとは違う関係性を産み出してくれました。
そんな活動をまとめたものが以下のPDFになります。
ゆっくりと読んでみてください。



[PR]
by aoesupport | 2012-03-09 22:30 | 活動報告など

3月になりました

やっさんです。

早いもので3月になってもう6日もたってしまいました。
あっというまに3月11日を迎えることになります。
TVでは東日本大震災特集として、多くのTV番組が放送されていますし、
現地では追悼法要やコンサートなども多く行われるようです。

サポートチームではこもゆうチームとしてへんたいくんをリーダーに
その週の土日に石巻牡鹿大原に向かうと聞いております。
先週の柳澤のんちゃんの礼服を送る企画も好評だったようで
悲しい気分はありますが、皆さん11日を迎える準備をしております。
10日に花火を2万発あげる企画をしているボラ団体がいたり、
現地で灯篭や追悼会を企画するボラ団体がいたりと聞きますが、
HS神戸サポートチームとしては、特別な企画はありません。
皆さん、それぞれの場所・立場でそのときを迎えて下さい。

個人的に思うのは、3月10日までは思いもよらなかった事が起こり、
3月11日に突然、家族・親戚・友人を亡くしてしまった人々に対して、
ボランティア活動で元気を出してもらうようにすることはできても、
その命の事にまでは入り込む事ができないかなと感じています。
3月11日あるいはその後の数日は、被災地が迎える悲しみを
遠くで感じながら、翌週からはまた元気を出してもらうように
何かしていかなければと強く思います。
[PR]
by aoesupport | 2012-03-06 11:30 | 今週の予定